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王道を走れば:幻想にて
第五章、その3の1:影走る
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れたような深い傷跡があったのだが、まるで蛆が湧くかのように徐々に肉が再生している。何が起きているのか説明を求めたくなるも、痛みのために問う事はできなかった。
 若い男が、貴族の手にずっと握られていた『聖石』を奪い取った。宙に翳しながらしげしげとそれを見ている。

「こいつが『聖石』か?」
「あまり粗末に扱ってはいけません、マティウス様がお怒りになられます」
「分かっています。兎も角、ここにはもう用が無い。さっさとずらかってーーー」
『ブリッジ様!どこにいらっしゃいますか!?』

 遠くから微かに聞こえてきたのは、自分の名を呼ぶ誰かの声だ。貴族の男は最後の気力を絞るように口を開かんとする。しかし出てきたのは弱弱しい喘ぎだけで、声にすらならないものであった。

「騒ぎを聞きつけられたようです。『転移』の準備を」
「やっております。範囲詠唱ですね」
「ええ。ついでだからこいつも持ち帰りましょう。下種は下種なりに情報を持っていそうだ」

 男が貴族の襟を掴んで、地面を引き摺っていく。破壊された蔵の壁には男らの他に、更に幾人かの者達が控えていた。誰もかれもが死人よりもなお白い肌を持ち、しかし生前の健康ぶりを彷彿とさせる見事な体格をしていた。
 その者達の間へと男は引き摺られ、中央に寝かせられる。彼を引き摺っていた男も力尽きたように膝をついた。直後、魔力がまるで小さな火山が噴火するかのように膨れ上がり、そして弾けた。視界が燦々たる白光に眩んでしまい、意識が七色に明滅した。貴族は初めて体験する『転移』の膨大な魔力の流れに終始途惑い、そして恐怖のあまり意識を失ってしまった。

 後日、北ベイル州に居を構える貴族『ブリッジ男爵』が何者かに襲撃されたという報せが帝国全土に広がり、暫くのあいだ、庶民等はそれを酒の肴にしたという。

 
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