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王道を走れば:幻想にて
第五章、その3の1:影走る
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かなんだ。商品はありがたく頂くがお前を頼るのは、これっきりだ。危ない橋を渡るのは好かん」
「今は会いたくなくても、いずれ会いたくなるぜ。商人は言われたモンはなんでも持ってくる。邪悪な魔術具でもな」
「さらばだ、帝国の善良な臣民よ。末永く暮らせ」

 車輪がばたばたと言いながら轍をなぞっていく。一台の馬車が山道を走り、動物たちの声をかき消していく。
 取引が終わって安堵したのか、商人は懐から蓋つきの皿を取り出して、中身を指でつまんで鼻に近付けた。すんすんといわせると星を見上げて息を吐く。嗅ぎ煙草のようだ。ざわりと視界の端で草が揺れたのが見えたが、ここに来る間にも野生の鹿と出くわしている。ただの小動物だろうと商人は気に留めなかった。
 一服愉しんで心を落ち着けたか、商人は荷台に乗りこんで「出立しろ」と急かす。帰ってきたのは無言であった。よく見ると、御者は力無くうなだれているように見える。
 訝しげに肩を揺らしーー御者の首が落ちた。大樹の陰よりも尚暗い、黒ずくめの人影が御者の身体を乗り越えて現れる。

「ぅああっ!?な、なんだてめっーーー」

 護身用のナイフを取り出さんとした商人だったが、それより早く人影は彼を荷台に押し倒した。その手に握られた赤い短刀ーーエッジが利いた残忍なもので月光のせいで既に生血を啜っているのが分かったーーを見て、商人は人生最大の膂力を働かせんと人影を押し退け、荷台から転げ落ちる。
 周囲には護衛の兵が全員倒され、例外なく暗澹とした血の泉が広がっている。『どういう事だ。何が起こっている』と混乱する商人は、背中から乗っかられたために突っ伏してしまう。脂汗をかいた首に血塗れの刃が添えられた。
 人影は商人に顔を近づけて、北ベイル州の民間伝承に伝わる暗鬼を思わせるようなトーンで囁いた。「動くなよ」。トーンの割には若々しさが残った声だと、商人の一抹の理性が直感する。

「今、お前は何を売った。素直に言わないと後悔するぞ」
「はっ、俺等を舐めんなよ!たかが物取りの分際で調子に乗りやがってーーー」

 鉄が空気を裂いて、『ざくり』という音に続き、商人の二の句は悲鳴へと変わった。その辺の豚よりも肥えた商人の右脚の太腿が斬られている。
 真新しい血を見せつけるように、人影は商人の頬を短刀で撫でた。商人は恐怖のあまり膀胱が緩むのを感じた。

「このままお前の太腿から肉という肉をすべて引きずり出す。答えろ」
「わ、分かった!言うから助けてっ、助けてッ!」
「何を売った」
「道具だよっ!あの魔術師に依頼された教会指定の秘蔵品だ!召喚魔法の新しい開発に必要とか何とかで、よく分からねぇ!兎に角入用だっていうんで、裏市場に回ってるやつを急いで確保したまでよ!」
「名前は?」「ハぁッ!?」
「道具の名前は?」

 
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