オリジナル/未来パラレル編
第16分節 自分の人生
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咲はスマートホンをポケットから出し、きつく握りしめる。
「本当は分かってるんです。ケータイの電話帳とかメール履歴とか見たら、手がかりなんて一発で見つかるって。どこがおかしいのか、あたしが忘れたことが何か。でも――できません、でした」
要するに室井咲は恐れているのだ。過去を思い出すことを。
「覚えてないあたし、何かとんでもないことをしたかもしれない。ひどい人間だったかもしれない。思い出したことの中にそんなのがあったらって想像すると、怖く、て」
「そんな。大丈夫よ。咲ちゃんはいい子よ。私たちみんなが保証するわ」
晶は咲の手を上下から包み込んだ。暖かく、柔らかい。9年戦って硬くなった咲の手とは大違いだ。こんな手の持ち主が――晶のような女性が紘汰の相手ならば、咲も納得できたのに。
「記憶、元に戻らなきゃいいのに、って思う?」
「少し――ううん、たくさん」
咲は素直に恐怖心を肯定した。
「晶さんは、どうする? 忘れちゃったら。楽しいのも辛いのもいっぺんに無くなっちゃったら、思い出したいって思う?」
「そうね……私なら、思い出したいかな。私の人生だもの。辛いこと、苦しいこと、ちゃんと向き合ってたいわ。最後の瞬間までね」
「あたしの、人生」
晶の言葉は、胸に落ちて星のようにぱちんと弾けた。
「ただいま〜」
ガレージのドアが開いた。入って来たのは、帰って来た紘汰とザック。
「お帰りなさい。お疲れ様」
「おつかれさま」
「お疲れさん」
「ただいま、姉ちゃん、咲ちゃん」
紘汰は彼のデスクチェアに脱いだ青のダウンジャケットをかけると、向き合う咲と晶の横へ来て。
「二人で何話してたんだよ〜」
「女同士の秘密? ねー?」
「ね、ね〜?」
「紘汰、ハブられてやんのー」
「ザックだって男だろーがっ」
晶がくすくすと笑った。一連の風景に、咲も、本当に少しだけ笑みを浮かべた。
この日も咲は紘汰に送られて帰った。
この1週間、紘汰はずっと咲の帰り道に付き添ってくれた。紘汰と咲の住む場所は反対方向なのに。
「ありがとね、紘汰くん」
「ああ。じゃあまた明日。お休み」
「おやすみなさい」
アパート前で紘汰と別れ、紘汰が帰っていく背中を咲は見つめた。紘汰の姿が宵闇に完全に消えるのを見届ける。
そうしてから咲はナップザックからスマートホンを取り出した。
画面をタップする。通話の履歴が表示された。画面をスクロールし、目当ての番号を見つけた。
咲は意を決し、その番号の発信ボタンをタッチした。
耳にスマートホンを当てる。トゥー、トゥー、と無機質な呼び出し音。次いで、相手の声。
「呉島貴虎さん、ですか
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