オリジナル/未来パラレル編
第12分節 帰り道
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沢芽市へ帰る電車に揺られながら、咲はぼんやりと自分の膝の上の手を見下ろしていた。
アクセサリーを着けない左手に重なって思い出す。薬指に指輪を嵌めていた舞の手。
(結婚、かぁ)
12歳の咲の中にはなかった概念である。恋愛をしている男女がオトナになったらするもの、くらいにしか認識していなかった。
「下ばっか向いてると酔っちまうぞ」
「――、紘汰くん」
顔を上げる。いつもの笑顔を浮かべる紘汰と目が合った。
座席が空いていなかったので、紘汰は咲のちょうど正面に当たる位置で吊り革を持って立っている。もっとも優先座席なら空いているが、紘汰はそちらに座りはしなかった。
(紘汰くんは優しい。オトナになったあたしが付き合いたいと思うのも分かる。でも)
「何で、あたしだったの」
「え?」
はっとして口を押さえる。だが一度口から出た言葉は取り消せない。言ってしまうことにした。
「紘汰くんは何であたしと付き合ってくれてるの?」
「何でって」
「あたしと付き合ってても、いいことなんてないと思うんだけど。歳の差あるし。あたし、特に美人でもないし。女の子らしくないし」
「ちょ、ちょっと待った! 何でいきなりそんな話になるんだよ。別に俺、咲のことそんなふうに思ってないって」
「何でだろ……なんかするっと出て来た」
ずっと前から思っていた。紘汰の咲への接し方は優しさの限度を超えて甘い。恋人だからいいではないか、とどうしても思えない。室井咲と葛葉紘汰が恋仲であること自体、とてもおかしく思えてならない。
「――咲ちゃん」
ぐわし。紘汰が咲の両頬を包み、平たい目で咲の顔を覗き込む。公共の場なのにキスでもする気なのか。
紘汰は――咲の頬肉を摘まんで引っ張った。
「いひゃい」
「まーた下らないことで悩んでるからだ」
またあんたは下らないことで悩んでるでしょ〜――リトルスターマインのナッツがほっぺたを抓った時の台詞が蘇った。そう言われたら、咲はいつもこう返していた。
「くだりゃなくにゃいもん」
そう、下らなくない。咲にとっては一大事だ。
忘れてしまっているからこそ、知りたい。自分と紘汰がこういう関係に収まった理由を。葛葉紘太にとって室井咲は何なのかを。
対する紘太の答えは――
「美人じゃなくても女らしくなくても、咲だからだ」
甘い睦言など一つもないくせに、ものすごくストレートで威力があった。
頬を抓る手を紘汰がどけたので、咲は即座に俯いた。紘汰の顔を直視できなかった。
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