女の子と小鹿
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したかと思えば、スカートの裾をくいくいと引っ張られた。
反射的に屈んだ彼女の目の前には、着古されてすっかり疲れ果てている紺のジャンパースカートを着た少女が脇に何かを抱えて立っていた。
「ノア……あなた、この春から学校に通うんだからいい加減絵本の一つくらい自分で読みなさい」
「いーやー!」
「ふふっ……いいよ。私に出来ることは絵本を読んであげることくらいだもん。私たちはシュネーちゃんを起こさないように向こうに行っているから起きたらまた抱っこさせてね」
いーだっと、味噌っ歯を剥き出しにする妹に一瞥をくれてからせっかく来てくれたのに悪いわねと、本当にすまなそうな顔を浮かべるミレイザをその場に残し、二階の子供部屋に仲良く手を繋いで移動する。
とは言え、新妻を除いても普段は六人の姉妹が収容されている部屋だ、物で溢れ返っていてどちらかと言えば物置に近い。
部屋に入るなり、一人机で学校の宿題とにらめっこをしていた六女のイザベラが大きな瞳の端にルヴァーナを認めるとイスから飛び降り、 空いている方の掌に宿題と指の腹で何度も書いた。
彼女が大抵こんな行動に出る時は何なのかよく知っている。
「ノアちゃんが先だからその後で良いなら勉強見てあげるよ」
私で解る範囲ならねと、付け足したがそれでもとても嬉しそうに笑った。
イザベラは聾唖者だ。
幼い頃は可愛い声を聞かせてくれたが、自分の傍らでその様子をじっと見ている彼女よりも小さかった時の病気が原因で全く聞く事も話す事も出来なくなってしまったのだ。
その事も父が母を苛める要因となったことは言うまでもなかった。
「勉強の息抜きに一緒にどう?」
「……っ……っ!」
この何かが詰まったかのような音に涙が溢れることはなくなったが、何度聞いても哀愁を感じさせられる。
「さて、今日は何のお話を読んでほしいのかな?」
「えへへ………………これっ!」
「これ?これはこの前、来た時に読んだよ?」
三人で直ぐ横にある二段ベッドの下の方にルヴァーナを挟む形で座ると、脇に抱えていたものをもったいぶるように両手で掲げた。
それは十年以上経過して所々ぼろぼろになった一冊の絵本だった。
「でも、これがいいのっ!おねがいっ」
姉に似た亜麻色の緩くウェーブの掛かった長い髪と一緒に体を揺らすのはノアのおねだりの癖だ。
農家のおばあさんが子供たちに読み聞かせていたのが広まり、赤い頭巾を被った少女の話はこの小さな村にも知らない者がいない童話の一つとして語り継がれている。
きっと、近くに森がある影響も関係して親近感を覚えてしまうのだろう。
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