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嘆き
第四章
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「左様」
 ここで僧侶の顔が微妙に曇ったのを見た。しかしそれは決して顔には出さず応えるのだった。十兵衛はあえて芝居をしているのだ。
「確かこの辺りに」
「今はおられません」
 僧侶は顔を曇らせたまま十兵衛に述べた。十兵衛はその言葉を顔には出さず静かに聞いている。彼からおおよその話を聞きだすつもりだったのだ。
「申し訳ありませんが」
「申し訳ありませんとは」
「法善様のことですね」
 これは十兵衛の予想通りだった。彼は僧侶から法善のことを言うことを予想していたのである。これは剣豪としての読みであった。
「それは」
「ああ、確かそうでござった」
 芝居を続けながら応えるのだった。
「法善様でした、確か」
「ならばその通りです。おられません」
 また十兵衛に対して答える僧侶であった。顔はさらに曇ってしまっている。
「今は。お侍様には申し訳ありませぬが」
「おられぬとはまた」
「それはその」
「いや、それならばよいのです」
 これ以上は聞こうとしなかった。それで充分だったからだ。話を聞くともうそれで。彼は全てを察したのだった。剣を持つ者故の勘が為させるものだった。
「それで」
「そうですか」
「ではこれで失敬」
 あえて立ち去ろうという素振りを見せた。
「お世話になりもうした」
「いえ、お待ち下さい」
 だがここで僧侶は彼を引き止めるのだった。
「お侍様、宿はありますか」
「草枕という見事な宿が」
 笑って僧侶に応えるのだった。僧侶はそれを聞いてまた顔を曇らせる。
「ですから心配無用でござる」
「いえ、それはなりません」
 僧侶はここで必死に十兵衛を止めてきた。彼はその彼を見て内心を隠して驚いた素振りを見せるのだった。
「なりませんとは一体」
「この辺りは今大層危のうございます」
「危ないとは」
「実はですね」
 彼は切羽詰った顔で十兵衛に告げるのだった。
「今この辺りには」
「この辺りには」
「・・・・・・あっ、いえ」
 僧侶は言いかけた言葉を必死に口の中で抑えた。十兵衛はこれに関しても心の中でそうなると読んでいたのだった。無論僧侶はそれに気付いてはいない。
「実は狼が出まして」
「狼なら問題はござらぬ」
 十兵衛は顔を崩して笑って狼のことを笑い飛ばした。
「狼は後からついて来るだけです。そんなもの怖くとも何ともありませぬ」
「熊が」
「熊もまた同じこと」
 彼は幕府の密命を受けて各国を回っている。その中で多くの狼や熊と遭ってもきている。しかし一度として危険を感じたことはない。そもそも日本においては狼も熊も小型なうえ大人しい性質であり人にとって特に有害な存在ではないのである。
「全く怖くありませぬ」
「いえ、それでもです」
 僧侶は十兵衛が全く相手にしないのに対し
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