一章 「おかえり、弟」
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か、物凄く懐かしい気がする。俺は一体、彼女の声と誰の声を重ね合せているのだろうか。思い出せないけど、とても愛おしい。
しかし懐かしいと、言う事は。
『―――しくじった』
遠い遠い、微かな記憶がふと浮かんできた。蹲る二つの人影と、俺の横で震える血だらけの姉。
じゃあ、彼女もきっと――――『しくじった』んだ。
全ての生命体に共通するもっとも残酷な手段で、自身の悲しみを解消したのだ。『あの事件』と同時に俺に降りかかった、幸運中の不幸。
俺は両腕を使って上半身を起き上がらせようと試みる。
「うぉ? 」
突然の振動に少しバランスを崩した彼女が間抜けな声を上げた。だが、すぐさま俺の体を床に押し付けようと体重をかけて来た。
「どこに行くのさ、浅葱君」
どこに行くって、そりゃあ一つしかないだろう。
「―――入学式ですけど」
彼女の長い髪が視界に入った瞬間、俺の上に乗っていた彼女に不思議な事が起こった。
パツッと。
切れた。
「――――」
動揺したのか、拘束する力が弱くなった所で体をねじらせすり抜けた。
彼女を一瞥する事も無く、俺は無我夢中で逃げる。
短い廊下を滑る様に駆け、階段を二段飛ばしで降りる。――――いや、そのぎこちない着地体勢を見ればそれは「降りる」では無く「落ちる」と言い表した方がイメージは湧き易いかもしれない。用意された朝食に手を付ける余裕が今の俺にある訳が無く、通学鞄すら持たずに家から逃げ出した。無論、靴下を履く事無く新品の運動靴の踵を踏んでの登校となったのは言わずとも分かるだろう。
逃げなければ。
脳内にはその言葉しかなかった。
一時走り続け、もう家からは充分に離れたがそれでも蛇に睨まれた蛙の様な気分はスッキリしない。 しかし追いかけられている様な気配は全くしない。それが逆に色々な事を想像させられてより一層不安を掻き立てた。
少しでもあの《異質者》から離れたいと言う気持ちは山々なのだが、荒れた呼吸を整える為止むを得ず走るのを中断して歩く。すると団地内にある俺の母校、小道小学校が見え始めた。
「ここのもうちょっと先が中学校だから――――」
とりあえず、学校にいる教師に助けを乞おう。別段あの《異質者》に何かをされると決まった訳ではないのだが、あの口振りを考えるとどうも俺に対して不利益な事を仕出かすに決まっている。
息を整え、再び俺は走り出した。
2
その頃浅葱の自宅――――
「あーあー、逃がしちまったんですか」
特別残念がっても居なさそうな口ぶりで、座り込んだ史えみに話しかける少年が一人いた。
「《保健委員長》のアンタにかかりゃあ、あんなひ弱そうな奴どうとでも出来そうなんですけどね」
学ランの胸元に付いている奇抜なハートのシールが光を
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