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無題(思いつかない)
無題
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じさせる。「豊か」少し気持ちが救われる。「オメデタイアタマ」と思った。日々の安全に飼われ、危険に慣れちまった。結構危険なんだぜ、多分。
 林道を親父の背中を見て歩く。少し歩くと疲れが体中に回った。親父のスニーカーは音を立てず細い林道を踏んでいく。道を覆う少し背の高い草を静かに掻き分けるとさわさわ音を立てた。伍一の頭の中はクラスの娘への初恋が満ちている。あの娘と鏡の前で激しい交わり。あの娘と手をつないで歩く。あの娘に優しい言葉をかける。あの娘と将来を語る。あの娘と子供を作る。結婚?「またか」話が飛びすぎた。アホみたいに飛んじまってる奴に春なんか来ない。もっと正確な想像じゃなきゃ。「バカだな」申し訳ないからそっとしまっておいた。いやいや恋心じゃなくてさ。
「遠いのか。そこ」
「いや、案外近い」
「案外って、何が」
「そこにあるもの考えたら案外」
  半刻ほど歩く。親父はふと立ち止まって(きっと思いつきじゃないと思うけど)辺りを見た。そのときの横顔は何かを確かめるような「うんうん」って感じだ。記憶を辿っているようにも見える。今まで重かった伍一の頭が澄んだ空気を感じる。やっと緑の中にいると感じた。右手には山の峰が見える。太陽は樹木の葉の層に遮られて木漏れ日としてその姿を隠す。目印なんて無いに等しいんじゃないかと思われる林に足を踏み入れている。二人の足は林道から大きく逸れていた。何を頼りに足を進めるのか分からないのに、親父の足取りの落ち着きに疑う余地が無いことを思う。
「もう少しだから」父親が言う。
 林の向こうに遊具が見えた。少し荒れた公園みたいな感じだ。別に似つかわしくない感じじゃなくて、時とともに風化している。その具合が荒れ果てたテーマパークの縮小って感じで伍一の目には馴染む。その公園を横切る間平地が続く。公園は林の中にゴルフ場のコースみたいに点々と存在していた。隣までの境界に雑木林がある。水の音。左手の崖の下に川が見えた。最後の公園を抜けると山肌がごつごつと岩肌になった。急勾配であまり草木は生えていない。昔ここに川の水があったのだろう、岩が侵食されている。風化して岩が削れ、オーバーハングするように頭の上に突き出している。
「次の穴だ。ちょっと待ってろ」父親はそういうと先に洞穴に入り、伍一はポケットに手を突っ込んで待っていた。水の音がけたたましくなく 落ち着きを運び、それを湛える森の空気が鼻腔に安寧の土の匂いを誘った。耳が澄んで風を感じる。山鳩が啼く。長い緊張が唇を乾かし、舐めるそばから風に奪われた。そう緊張しているんだ、多分。体中にじりじり電気が充満している。疲れかなと思う。それがもたらす冷静にも似た奴が奥に消えた父親への心配を不透明にしていた。
「だいじょうぶやと思うけど」独りごちた。「大丈夫かぁ・・・」何気ないため息で足を進めた。
 
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