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「ボクサー だいたいみんなノーモーション
「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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の『可能性』の波に乗ったら、もうそんな不確かな『可能性』なんて言葉、考えなくてすむんだ。何せ、自分自身がそれなんだからさ。つまり、『可能性は良いことと悪い事の抱き合わせなんだ』って事なんだな」
「その人に連絡入れてもらっていいですか」イースケはフィニッシュに持ってゆく。少し目が釣りあがった。
「奴には新しい人生があるだろうから……、顔は……ね」

イースケが帰った後、タノムはゆっくり鹿肉を焼いている。「領収書があれば後日処理しますから」なかなかいいね。トレーニングをやめて数年で、タノムの筋肉は5割り増しになった。筋力もスピードも同じである。歳のせいなのだろうか、タノムはその変化を「なかなか箔がついていいな」と、思った。理想の強い人間は二十代の体形を残そうとするのかな? 一度キツキッに鍛えると、そのような意識も薄れてゆく。
後ろの席で親子が肉を焼いている。日々の瑣末な事を、顔を醜くして不満げに話し合う。タノムは日常にまとわり着く垢を自然に受け入れている。「あなたたちは穢れなき貴族なのか?」と、問いたくなる。人を悪く言えば鏡のように自分も映るだろうが。
 フライパン一つとってもそうだ。防汚加工してあるけれども安いそれは、コンロにかけるとバランスが悪く、取っ手の方に傾く。確かに世の中はスマートで素晴らしいものばかりじゃない。ボクサーを育てていると、ある程度みがかれたら、それに納得できる。たとえそれが素晴らしい物ではなくても、自分の中の何かを吸収してくれた充足感があるのだ。俺の教え子が、その傾くフライパン程度ならそれまでだ。そう、その女の子は「職場の上司がクサイ」という不満を語っているのだ。この場合、職場のおっちゃんがフライパンなのだろうか? それとも、一日 給与を貰いながら働いて、その程度の考えしか浮かばない女の子がフライパンなのだろうか? 偶然その悪態を耳にした俺がフライパンなのだろうか? そう、俺らは、ありとあらゆるつながりの中で生み出された『傾くフライパン』なのだよな。

 あの、イースケ君。八百長を追いかけている。そんな事、今の時代みんな知っている。でも、実際 生の話が世の中に流れたらどうなる? みんな醒めるのか? それとも「自分だけは違う。そんな、カモにはならねぇ」と、息巻くのか? 「そんな世の中に巻き込まれるなんて、エキサイティングだぜ!」と、楽しくなるのか? あれ? この膨らんだ体が世の中のたるみを生んでいるような気がしてきたぞ。いけねぇや。肉は終わろう。

 帰り道。タノムはハードパンチャーの事を思っていた。今いるハードパンチャーの前にもう一人いたのだ。
「あいつはツボを突いた」ミットで受けたら、身体の芯に響くような、邪念を吹き飛ばすような、ボクシング以外の何物も似合わぬような。そんな、パンチだった。ハードパンチャーは練習を積
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