暁 〜小説投稿サイト〜
「ボクサー だいたいみんなノーモーション
「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
[8/31]

[1] [9] 最後 最初
いる人間の弱みを握って、つっ突いて、そいつからエネルギーを吸い取るのさ。そしたら、自分はエネルギーに溢れた人間になれる。そいつもまたヒーローさ。明日のチャンピオン。どっちだと思う?」
「お嫌いなんですか?」
「嫌い……。そんなんじゃない。醒めねぇか? 大事な所で醒めねぇかなって」タノムが言いにくそうにしているから、「醒めるってなんですか? さむいんですか? あの人」と、イースケは訊いた。
「ピラミッドってのがあるだろ? あの大きな三角形の頂上にいるのが王様な。チャンピオンな。下の者はそこから降りてくる言葉なり、エネルギーなりを受け取ると思うんだ。それによって元気が出たり出なかったり。それがよ……。なんだかよ」
「汚いんですか? あの人」早く八百長って言ってくれ。
「あのよぅ、天皇が死ぬ……崩御? お隠れになる? なんか、それまで背負わせるのはなんかな。命なくなる前にゆっくりして欲しい……? とか」
「何の話ですか? いきなり天皇ですか? えっ」
 タノムは体の中にある『芯』の話をしようとして止めた。かつて、自分がリングで味わったあの感覚のこと。あのときの身体の『芯』はピンとしてゆるぎなかった。固い愛の殻に守られて、殴られても効きやしない。闘争心とも違う。勇敢とも違う。死ぬまで保ち続けられる尊厳? いや、それは言いすぎか。リングを降りた後で、『天皇家です』と、声が聴こえたんだ。タノムはなんとなく知っていた。身体の中に他人を取り込むという現象の事。何故そうなるかは全然知らない。ただ、後年「俺の中に入っていて、その他人は健常でいられるのだろうか?」という疑問が残った。それはそれで恐ろしいから。
「俺は、嫌いだ。あのボクサー」タノムはあえて言い切った。話を打ち切ろうとしたのだ。
「卑怯な手を使うからですか?」
「そんな、証拠ある?」と、タノムは返した。
「それを聴きに来たんです」イースケは白状した。もういいや。
「なるほど。昔、あったよ。うちのジム、弱いから」タノムは言う。「昔さ。もう切ったから。その一人で。それが最後」
 少し長い時間が過ぎた。肉を焼く煙はやさしく、テーブルの脇にある排煙口に吸い込まれてゆく。肉を焼く。肉を喰う。酒を飲む。焼きすぎた肉を見て笑う。タノムが、今 乗っている原付の話をする。二段階右折で捕まった話。イースケのボスがここを紹介した話。夜の商売に詳しいから、と。
「みんな、人生の夢のある『可能性』を追いかけてくる不幸ってやつにビクビクしてんのさ。その男はまさにその通りの男だ。『可能性』とピッタリ出来なかった男だよ」タノムは言う。「世の中には、どんなに何かに打ち込んでも『可能性』が無くならない奴がいる。ひたすら何かに打ち込んだら『可能性』ってやつ、何か悪い悪魔に笑われちまうような可能性が消えるだろ? それに、良い方向
[1] [9] 最後 最初


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2025 肥前のポチ