「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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追い詰める。ボクシングから遠ざかるほど、人殺しに近づくような気もしてる」
「ええ」と、イースケは答えた。なんだろう、この人。
「俺は、足を使うのが嫌いな訳じゃないんだよ。足ってのはよ……、あの『歩いてゆく』ってのがあるだろ? つまりさ、自分の意思でコツコツ行こうってやつさ。つまり、意思、未来に向かう心ってのは、足とつながっている。いや、そのものなんだな。でもよ、なんだか足で蹴り上げるってのは、嫌いなんだな。コツコツ行くのが足のはずなのに、ケリ一発で物事どうにかなるって発想がなんだかな……。えっ? キックは互いに蹴り合うから、互いの未来がせめぎ合ってる? いい事言うねぇ」
イースケは肉をかじりながら、前頭葉に力がみなぎるのを感じていた。肉のせいなのか、目の前の人間のせいなのか分らなかった。「ああ、力が頭蓋骨の中でパンパンじゃないか。今、テレビを見て気合を入れたら、念波が突き通るぜ」
「あのよぅ。俺、雑誌で読んだんだけど。木星ってのは太陽になれなかった惑星なんだな。そしたら地球ってのは『太陽になどはなれません』って、諦めた星ってことになるわな。でもよぅ、地球の核には熱いヤツがあるんだろ? 実は地球は太陽みたいに熱くなる野望を持ちながら『太陽にはなりません』って、嘘をついているんじゃないか?」
「何の話ですか」イースケは顔を背けたくなるほど目の前の人を殴りたい。どういう文脈なんですか。
「いや、人間にも当てはまるんじゃないかってさ」
「誰の事ですか」イースケは「俺の事か?」と、思う。彼らボクサーよりは燃えてはいないし。
「明日のチャンピオンって知ってるか?」と、タノムは言う。
「明日、試合ありますね」イースケは答える。
「あれ、本物か?」
「闘った相手に聞けば分りそうですけど」
「いや、プロは素人にもビンビン来なきゃ意味がねぇ。本物か?」
「本物じゃないって。何か確信があるんですか」これだ! 八百長だ! 来た! 俺の念、通じた!
「人間の勝ち負けってのは、歴史なんだな」
「なるほど」
「いや、つまり、歴史ってのはよぅ。世界の中心に向かうあり様を言うのよ。その方法はあまたあるよ。途方もない数の方法があるよ。でも、結局 自分の芯にどれだけ届いたか、自分の芯がどれほど地球の芯に近い所にあったかって、それに尽きるよな」
「あの勝ち方にピンと来ないからですか」と、イースケは訊いた。
「形而上のつツボを突く」と言って、タノムは酒を一口飲んだ。「心なのさ」
イースケは「この話には付き合ったほうが良いぞ」と、思い「それなんですか」と訊いた。
「世の中にはツボってもんがある。突いたらみんなが心地よくなるツボだ。自分の本気が素晴らしければツボを突ける。そしたらヒーローさ。でもな、自分自身が心地よくなるツボもある。それはな、自分より高い位置に
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