「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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覚ですか?」と、訊いたら。タノムが笑っている。なぜ笑うのか分らなかった。タノムの中に、ボクサーの潔さが思い起こされる。それがなんだか、この男によって汚された気分になった。
「マウスピース。初めて使ったとき、ドキドキしてうれしかったな。あれさ、お湯で温めて、柔らかくして自分の歯にフィットさせるんだよな。あれをかじると、男の扉が開くもんな」タノムは肉をかじり、カクテキをかじり、大根サラダをかじる。
「俺、ぼんやり思うのよ。バイオリンでストラディバリ? なんか、そんなのあるだろ? あれ、億するんだろ? その名器の音が聴きたくて客が集まるんだな。そしたら、その名器の存在が、それより大きな、その億より大きな活動を生むんだよな。そしたらボクサー……名ボクサーは名器だな。そう思わんか? ボクサーの身体は名器だわな」
「カメラ回したままでいいですよね?」と、イースケは訊いた。煙が気になったのを、遠まわしにほのめかしたのだ。「これでは八百長の話に持っていけないぞ」と、どうするか思案していた。
「なぁ、野球の危険球って知ってるか?」と、タノムが言う。
「あの、投球がバッターの頭に当たるやつですよね」と、イースケが返す。
「そう、あれだけで退場になるやつな。ところがボクシングってのは、相手の急所をただひたすら打ち抜く競技なんだな。すごくねぇか?」
「もっともです」と、イースケは笑う。タノムも笑っている。
「身体を鍛えると、想像力が無くなるって言いませんか?」とイースケは訊いた。「想像力が無くなるから八百長を受け入れるのでは?」そこに持って行きたい。
「想像力なくなる? あぁ、初体験みたいなもんか? 身体鍛えて無くなる物なら本物じゃねぇよ。この世の人間が全員、体を捨てちまったら、ふらちな想像で、全ての原発が爆発しちまうよ。あ、いや、たとえ話でさ。いや、ふらちな想像で障害者が産まれちまう。これもいけねぇか。難しいわな」
「身体を鍛える事で世の中が良くなる? とかですか?」
「身体鍛えたら、身体つき、顔つき変わるだろ? じゃぁ、世の中も変わるのじゃない?」
「世の中の問題を変える? それとも忘れるんですか?」
「忘れねぇよ。本物掴むんだよ」
「身体を鍛えている事に関してプライドがあったら、他の事がおろそかになるとか、無いですか?」
「ない」と、タノムは言う。「全然ないよ」
「他に強い人がいるから、謙虚に? とか、そうですか?」
「強さ。強さ。今日、強さ見なかった? 俺、感じてるよ。毎日」
「絶対的な強さって無いじゃないですか。どの競技も強さがあるし、弱さがあるし」イースケは「これだ!」と、思った。『絶対的な強さ』が無いから、安易な『八百長』を受けいれる。どうですか。
「手が使えなきゃ足を使う。それがダメなら相手を押さえつける。首を絞めて殺す寸前まで
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