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「ボクサー だいたいみんなノーモーション
「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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を呼ぶように、パンチの打ち終わりにミットで頭を小突いた。
「打ち終わりに、ガード上げないと打たれるよ」
「ホウッ! タフですね!」と言ったイースケの頭の中に、「こいつより強い自信ある」という言葉が浮かぶ。「殺す」
「これって、ムナ筋無くても強いんですね」と、二ラウンドのミット打ちが終わったイースケは言った。
「こいつは恐らく馬鹿なのだ」と、タノムは思った。「でも、こいつの気力どこから来る? 最後の方、俺の顔にパンチ打ってきたぞ」とも思った。

 イースケは、ボォっとしながらリングを眺めていた。女の子が鏡を見ながらシャドーボクシングをしている。それに付き添うようにトレーナーがフォームを教えている。イースケは自分の想念が世界に開かれている感覚を覚える。自分の脳みそが肥大してすべてを包み込んでいるのだ。「おっぱい揺れるかな」女の子を撮り始める。「汗でシャツが濡れて、胸の谷間がくっきりと……」
 イースケの頭が弛緩している。頭の中の一部に熱く発火したところがあり、それ以外の部分は、その違和感を感じながらボォっとしている。

イースケのボスはネット動画を専門にやっている。初め、『夜の街のディープな潜入』を売りにしていた。それは潜入と銘打った『夜の街の宣伝』だったのだが、そのリアリティーで人気を得た。動画の終わりに必ず女の子のおっぱいをポロリと見せた。人間、少し余裕が出ると高尚な欲が出るらしい。「真実を伝えようよ。俺たちは真実を伝えようよ」その矛先が、このジムだった。『八百長』があるらしい。そんなのいまさら知らない人はいない。でも、生の声を聴くまではその意識が薄い。「はっきりしようよ」それでイースケがこのジムに来た。夜の街に詳しいボスは、「こういうところは噂が飛び交うのよ」と、笑っていた。

 女の子が身体を揺らしながら闘っていた。闘う女に欲情する男がいるそうだ。イースケは何も感じなかった。彼らの中で闘う女の気合がどのように変化して性欲に結びつくのかが分らない。「それは、嫌がる女を征服する感じですか?」と、問う。「男を否定する闘いに、男が欲情するのですか?」

「会長さん。インタビューは誰に……」と訊けば、会長は「タノム」と言った。「タノムくん。あの饅頭」
「彼はこの世界、長いんですか?」イースケの問いに、会長の眠たそうな目が向けられる。彼は何も言わなかった。

「一つ真実を吐けば、十の言葉を失う。それは渦を巻き、諦めと共に奔放な想像をからめ取ってゆく。物事に意味を求めるのは、真実にまとわりつく、十の可能性を恐れるからだ。可能性はいつだって人をおびやかすんだ。じゃぁ、一つの事柄について、語りつくせばどうだ? いや、例え一つの事柄に百の意味を見出しても、その狭間で死にゆく魂があるんだ。あやふやな、はっきりとはしない、言葉にもなった事のない魂
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