「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
[27/31]
[1]次 [9]前 最後 最初
トにたたきつけられた。その事についてタノムはじっと考える。考えたふりをした。考えたとしても答えも無ければ悲しみも無いのだ。すべて自分の人生の一部なのだ。遠く離れた昔の友人の思い出のように、親密に夜がふけていった。
※
中村ちゃんが吠えた。
「おい、お前ら。強い人間、カッコいい人間にくっついて歩いて、何から守ってもらうんだ? まさか『自分の傘になってくれ』っていう情けない根性じゃねぇだろうな? 強い人間みたらビビれよ。ビビって自分を鍛えろよ。拝んでたてまつるもんじゃねぇからよ。自分もリングに上がらなきゃいけねぇんだよ。その方が世の中に強いモンが産まれた意味があるだろうが。みんな強くてカッコよくならなきゃいけないだろうが。違うか?」
「大丈夫なんですよね?」と、少年が言う。
「大丈夫だから」と、キックボクサーが言う。
「後ろに誰かいるから安心って事は、これからずっと言うことを聞けってことですよね?」と、少年が言う。
「いらん事考えると生きていけねぇ。それに、後ろにいるのは俺なんだよ? 誰の言う事も聞きたくない俺なんだよ?」と、キックボクサーは言う。
少年の目に映る世界が、おぼろげに『無頼漢』の男臭さに染まり、その後、現実のだるさに落ち着いた。「腹が据われば、男前」そう思ってボクシングジムの入り口に立ったのだ。
中村ちゃんがミットを叩く。中村ちゃんの脳裏に憎い顔が浮かぶから、中村ちゃんは唇を歪めて、それを拭い去る。ボクシングは人を恨んでするもんじゃないんだ、と。一つ一つのパンチに込められた思いは、少しだけずれた方向に中村ちゃんを導く。「ライバルって、いらないっすよね」と、タノムに言う。「ライバルいたら、自分の方向性間違えますよ」中村ちゃんは、ヤクザな男にケンカを売られて、それを買ってしまったのだ。心の奥にある、極道に近い部分に火がついて、抑えられなくなってしまったのだ。
「中村ちゃん良い奴ですよ」と、ハードパンチャーが言う。「中村ちゃんに追いかけられるの嫌いじゃないっすよ」中村ちゃんがサンドバックを殴るのを見て言った。中村ちゃんの心の奥で、「こいつに張り合うとまた、自分が歪む。でも、思い切りいかないと、試合で無様をさらす」いま、触れているこの気持ち。従うべきか考えるが、男である以上、走らなくてはならなかった。サンドバックを叩く音が低く響けば、男が上がり、腹は据わる。確かな事だった。
狸小路にいる。『パスタ・デ・スカ』意味の分らない店名に、意識をぼかされながらタノムは入ってゆく。俺がたんぱく質を取れば、中村ちゃんの肉になるのではないか? 中村ちゃんのパワーになるのではないか? なるわけはないのだ。分っている事だけれど、いたずらに、また、本気に思う。この想いは愛なのではないか? そう思う。半分にやけ顔で思えば
[1]次 [9]前 最後 最初
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2025 肥前のポチ