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「ボクサー だいたいみんなノーモーション
「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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ケは動けなかった。動いてしまえば、己の卑劣な魂がばれてしまうから。
「お前、目が汚ねぇよ」と、明日のチャンピオンは目を通して、イースケにプレッシャーを流し込んだ。イースケはどれだけ自分が醜くて惨めでも、走るしかなかった。「なるほどこれが負けるという事か」そんな言葉が浮かんでいる。その心の中で、弱い自分と、人間としてのプライドが分裂していた。

「ダメですよ。シコシコ一回ぐらいで、それはダメですよ。その話を飲むときは世界の価値観がひっくり返る時ですよ。その為ならやったっていいですけど」と、タノムは言う。
「世界がひっくり返るって何よ?」と、豪傑が返す。
「それは、お前が死ぬって事だ」とは口に出来ないから「何ですかね?」と、とぼける。タノムの体から熱が消える。
「俺たちのやっている事ってのはさ。カッコいい本物の男を、世界中に広めようって事なんだな。分るかい?」
「ワルでもいいんですか?」
「ワルのカッコよさ知らんべ」
「どんなワルがカッコいいんですか?」
 豪傑は少し考えた。勢いあまって口にしそうな物事を、意識の奥底に沈める。
「中学時代よ。中古CDショップでよ、店員の目もはばからず、盗みよ。そのCD持って他の店に売りに行くのよ。その金でタバコ買うべ? 喫茶店行くべ? そこでナポリタン食っていっぷくよ。悪いべや」
 何気ない話。タノムと中村ちゃんがしおれている。豪傑の醸し出す雰囲気に、「この話ぐらいで納得しなければ何が起きても知らんからな」が、含まれていたから。
「金ですか? 金を動かすのがカッコいいんですか?」と、中村ちゃんが訊いた。
「カッコいいが金を動かすのがこの世の常識だろが? 違うか? カッコいい車。カッコいい顔。カッコいいデザインあれこれだろ? 違うか? それでメシを喰うって恥ずかしいか?」
 この男はずいぶん密度の濃い「もや」みたいなものを与えやがる。その口から出た、正論に耳をかたむけた。中村ちゃんがボクシングで「無我の境地を見たいんです」と、言ったから、豪傑は「試合の後には金を使って女を抱くもんだ」と笑った。「諦めたのか、あの、中村君。金が無いから車や女をあきらめる? 逆だよ。あきらめたから金が無いのさ。もしくは、今、この世は夢より金の方が重くなっちまってるんだよ。違うか? 『金が無いから無理でしょ?』だろ? 金のほうが重いだろ? じゃあ、重みのある金を使って何をする? 夢を描くのさ」豪傑は指を鳴らす。「金の集まる所に、金の無い所からエネルギーが流れる。心のエネルギーだよ。金を配れば話は早いが、金が切り拓く道にみんな乗っけてやったら、夢見るエネルギー湧くだろ?」豪傑は指を弾いた。「そして、ある程度ならされたら、エネルギーが止まる」豪傑は小声で「夢と現実のバランスがとれるのさ」と言った。
 ぼぉっと照明に視線をあずけ
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