「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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言う。
タノムは「汁かけていいんだ」と思い、奥の部屋へ入っていった。
「ゆっくり染まるだろ」と、小声で誰かが言った。
「世の中には強い念を持ったものがいる。その念は人を介して広まり、世間はその人々の意に染まっていく。何せそれはセックスに深く入り込むのだ。タノムよ」
会長の体が温かくなった。ソファーにもたれて、前頭葉から背中に重荷が抜けて、地中深く消えてゆく。ふと「タノム君が背負ったのか」と思う。頭の片隅で世の中が腐敗してゆく。「いつか誰かが止めるだろう」これまで十分人間に幸せな夢を届ける努力をしてきたのだ。トランポリンで飛び跳ねる二人の若者が見える。二人は交互に高く跳ぶ。「それでいい。それでいいんだ」
「ノーモーション。ノーモーションって言ってるけど、俺のノーモーションは心だから。心が動いてないのに右、出るから。相手は『捨てパンチか?』って思ったら、メチャ強い右だったって、倒れてから気づくから」明日のチャンピオンは腰を振りながら「動いているようで動いてないよ。動いていないようで動いているよ」と言う。「ノーモーションだから」
みんなホクホク笑っている。キックボクサーは思う。「けりてぇ」
「涼しいよね? 涼しいの?」明日のチャンピオンは体が火照っているから分らない。目の前にあるものが非日常であることだけは気が付く。たくさん人がいるね。こちらを向いているね。背中を見せながら振り返っているね。何だろう? 大きい男がいるね。その前にイカツい男もいるね。何だろうね。
明日のチャンピオンは「俺にもバックついてるよな?」と計算して、剣呑な雰囲気で前に進む。イカツい男の度胸が滲むその空気を切って、明日のチャンピオンが胸ぐらを「チョイ」と押す。目線を合わせてはいても、通じ合う事を避ける。尊大な態度で横をすり抜け、一九〇の男を吟味しながら歩を進める。一九〇の男は「あれ? 俺、殴られるの?」と、思う。「ここは俺が間に入って収まるって展開じゃねぇの? 俺の株が上がって女にモテるんじゃないの?」彼の周りには野次馬がたくさんいて、誰が味方かわからなくなっている。当然ここは、誰かの武勇伝になるのを知っているけれど、それが自分の友人ものになるのか、この明日のチャンピオンのものになるのかは知らなかった。明日のチャンピオンが八百長だとか、いい女を抱きすぎて非難を買っているとか、その女を使って何か大きな力を懐柔しているとか。話の大小はあれど好ましくない事だった。
建物の脇っちょで男が一人。ビデオカメラを構えて「面白くなれ! 面白くなれ!」と、念じる。
「お前、汚ねぇな」と明日のチャンピオンが言う。
「すぐ、帰りますから」と、イースケは三回繰り返して言う。明日のチャンピオンをカメラでとらえているうちは、ドキドキくらいで済んだ。こちらに注意がはらわれた瞬間、イース
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