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「ボクサー だいたいみんなノーモーション
「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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歳取ると魂に引っかかりが無くなって、『スルリ』と気合抜けていきますから」
「ヒット・アンド・アウェー? 意味あるよ。ズルじゃないよ。自分、全力で打つでしょ? その後、上体が柔らかくいられる? 固くなるでしょ? それがよく言う『打ち終わりを狙え』ってやつ。だから自分が打った後、後ろに引くの」

 中村ちゃんのミット打ちが終わる。タノムの耳が次第にハードパンチャーと地味な女の子に寄っていった。「時は激しく動くものに味方し、留まるものに嫉妬をすえる」か。
「愛はたまに言葉に乗る。体温にも乗る。指先にも乗るんだ。もちろん拳にもね」中村ちゃんが「ハァハァ」言いながら口を挟んだ。ハードパンチャーは笑いながら中村ちゃんを抱えてロープ際に追い詰め、後ろから腰をあてがい、激しく突っついた。地味な女の子がうれしさのあまり驚嘆の声をあげている。電気が溜まっていたんだ。タノムは「これはあるな」と思う。女の子の表情がアノ時のうれしさを現しているようで。
「なぁ。今晩ウチ来てな。テレビ観るから」タノムは地味な女の子と三人の男が一つの部屋に、と思うと足が震えた。「来る?」と据わった目で地味な女の子に問う。「いや、いいです」と返された。タノムは思う。「俺なんか悪い汁出た? 出たよな。明らかだよ」

     ※

「入っていいかい?」とタノムは言う。
「ハイどうぞ」と店員は言う。
 客は一人。弁当を待っている。タノムは「いかにも責任者である風」を装って奥に入ってゆく。
「カツカレー大盛り。カツカレー、ギョウザ付き。牛卵とじ丼。いい?」
 タノムはそれぞれを作りながら、「誰がこの手持ち鍋こんなガタガタにしたの? これ火の通りムラになるじゃん」と言う。「牛卵とじ丼の卵は半熟に。サルモネラ菌は情熱で殺せ」と念じる。タノムは奥から弁当待ちの客を見た。何も反応は無い。「今日は明日のチャンピオンの声、聴こえるのかな?」
「カツは揚げたてじゃなくていいの?」と店員が訊く。
 タノムの中で生焼けのカツが目に浮かぶ。
「いいよ、ストックで」
「サクサクと切られるカツは誰の物? カリカリの揚げギョウザは君のもの?」タノムは飯が好きだから、とてもテンションが上がってしまう。
 客は「特製海苔弁」を持ってすでに帰っている。タノムは「彼の中に俺が残したもの」をぼんやり考えている。「俺は何? 明日のチャンピオンは俺に何かくれるの? それとも持ってゆくの? 恐いねぇ。恐いねぇ」
「今晩よろしくです」と、店員が言った。この店は二十四時間営業。タノムは深夜から早朝に働いているのだ。

 マンションをエレベーターで上がるとき、タノムは意識の階層のことを考えていた。初めはボクシングの階級のことを思ったのだが、ちょっとずれる。この場合、意識と肉体とのつながりをどう説明したらいいのだろうか
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