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「ボクサー だいたいみんなノーモーション
「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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ロテクターの上からでも、悶絶すると思うんですよね」
「それは、言いすぎだべ」
「タノムさん。何で今日、ボディー打ち多いんですか」とシャドウをする中村ちゃんが訊いた。
「ハードなパンチ受けてみたいから」
 ゴングが鳴る。
「中村ちゃん!」
「よろしくお願いします!」
 中村ちゃんがミット打ちをしている。
「ああ、ダメ。教科書通りって思っちゃダメ。自分が一番 心入る形で出さなきゃ。その後直すから。初めからコントロールしちゃダメ」ハードパンチャーが地味な女の子に指導している。

「平和だとか、平等だとか、博愛とか言って、お前あんな人間愛せるか? 愛せないだろ?」
「違う。それは恐怖だよ。彼女の悲しみに共感する事を恐れてんだ」
「じゃぁ、お前の博愛ってやつで、その悲しみをさ、癒してみろよ。所詮目くらましだろが」
「お前、勢いだけで欠点に目を背けることあるだろ? だったら、彼女も一緒に勢い良く打ち上げてみりぁ良いんじゃねぇか。そしたら何かが消えるんだろ?」
「いつ、俺が目ぇ背けた?」
「今だって息巻いてるじゃない。息巻いて我を忘れてるじゃない。彼女の気持ちに触れるの恐くて興奮してるじゃない。愛って、勢いだろ? オナニ介」
「甘ったるい愛っちゅうのは、生きる気力奪うぜ。死ねや!」
 高校時代。タノムはこの怒っている人間を信じる事が出来た。実は怒っている彼の方がわかっていたのだ。彼女の悲しみを『ズビズビ』と心の奥で感じていたんだ。
善良な彼は言っていた。「もし、自分自身が信じられるなら、許容は醜さを無力化して、将来それを美しさに導くんだよ。たとえ現実的に恋愛関係にならなくてもさ」ホントかよ。タノムは、その世界でも苦しみはあり続けると思うぜ、と思う。彼女の外見から心の奥に流れ込む灰色の諦めは、今、俺にも染み込まんとしているからな。強さを求めるという弱さ。生きることを求めるから引き立つ醜さ。望みと諦めが同時にやってくる36歳。あの時、彼女の肩を抱いた善良な彼の中に冷たさを覚える。「絶対、俺には届かないよ」ちょっとうがった。
 ハードパンチャーを好いている地味な女の子を見て、思い出してしまったんだ。

「左フック上手く打てるか?」
「思ったより上手く打てないでしょ?」
「これで相手が倒れるとは思えないでしょ?」
「ふくらはぎ。ふくらはぎにくるくらい下半身を使わなきゃ強く打てないよ」
「えっ? カウンターパンチ? 分ると同時に打つの。分ってから打ったら遅いの。シンクロだよ。相手の左と自分の右のシンクロ。俺はそいつのことニセモノパンチって呼んでるから。ニセモノパンチには本物パンチが入るんですよ、これが」
「全力で連打したら、四、五発くらいで意識弱くなるでしょ。問題その後っすね。気合が抜けた後、どうやって前に進めるか。そこっすよね。
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