「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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ぐやめちまった。強い奴を推す、持ち上げる。その後おとずれる劣等感。「俺ごとき半端者に応援されても、いい気持ちにはならんだろ」と、堕ちる。「俺は強い奴と肩を組んで『お前の事、応援しているからよ』と、フランクに付き合いたいんだよ」
イースケは「水管橋」の下に腰を下ろして、タバコをふかしている。その二本の太いパイプが向こう岸、遠い世界へ突き抜けてゆく様を眺めていた。
「これ、あれだな。でっかい圧をかけて水を送り出してるんだな」
「圧をかけなきゃ遠くまで届かない……」
この水管橋カッコいい、と思う。遠くから集められた水が圧をかけられて人々に届く? 命を支えているのだね。「ん?」ボクサーも一緒ではないか。「どこが?」人より優れた闘争心で夢をかき集め、魂に圧をかけ、リングに注がれる視線を通して観る者に力を届ける? 「うん」
イースケは、たまに真面目な事を考える。それは脳の外側にある、普段使わない所にゴミみたいに溜まっていた物を、上手く整理して取り出す。みたいな事。イースケは、それが本心であるか否かなど意にも留めない。「俺はそれが出来るのだ」それだけである。「ここらへんほっつき歩いてる奴に圧をかけたら何が出る? ゲロが出るのかな?」
「ボクシングってね。チャンピオンにならなきゃお金にならないわよね? 知っているでしょ? 日本。お金持ちよね? 南の国。貧乏よね? チャンピオンになれなくても、このつらい競技やっている人。偉いわよね? 再起不能になるかもしれないのよ? チャンピオンにならなくても、幸せになっていいわよね? 分るでしょ?」
――筋肉一つ動かしたらば、世の中ちょっと変わってくる。筋肉一つ鍛えたらば、世の中ちょっと強くなる。筋肉一つ優れたらば、落ち着き払って平和来る。筋肉一つ愛したらば、つたない愛が大人になる――
目を覚ましたタノムは「八百長ってある意味、正義だな」と、思えてきた。はて? 何の夢を見たのだろう? 最後の方で「私は特別な女なのよー。あーれぇー」と、叫び声が聴こえたのを憶えていた。
近所の豚骨ラーメンを喰らった後。一度、家に帰り、シャワーで匂いを流す。その鏡に映る身体が「もう、ボクサーではなくていいんだ」と、告げている。闘わなくてもよいといわれて安どするのかと思いきや、闘わなければならないものが、過去の日にあったのではないかと不安になる。「闘い尽くさなきゃいけねぇ」そんな言葉をトレーナーとして吐いたことを思い出している。身体に付きまとう贅肉と、加齢から来る落ち着きが、無理やりに不安を押しのけてぼんやりとさせている。
「今日は、ハードパンチャーにボディー打ってもらおうか?」出勤は二時である。
「お前のパンチは一発喰らうと、闘志が50%ぐらいもってかれるねぇ」
「二発でK.O.ですか?」
「その後は根性だ」
「プ
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