「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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過ぎてゆく。
「人間は時間を止める力を持っているのではないか?」と、タノムは思う。「どうやって止めるかは分らないなぁ――。時を止めるのではなく時と共に、いや時を肉に、力に変える? 違うか……。自分が動くとき他人は止まっているのか? 他人が動いているとき自分が止まるのか。他人が激しく動き続けると、自分は永遠に止まり続け、終いには時間だけが過ぎ行く……。いまいちピンと来ないな」
一つの時の中で動きあう幾多の魂。触れあい、傷つけ、または癒しながら混沌を創り出す。人々の中で我行かんと競い合う魂は、この世にありながら人間の肉体に護られ、発現の時を待っている。人間その事を知らぬまま時を過ごし、人と交わり、次第に元の形から離れてゆく。それ、夢の終わり。信念を貫けば届くものも、それを信じるにはあまりにも複雑に絡み合う魂のつながり。我行かんとする魂に誘われ、前に出る。広がるのは井の外の世界。混沌が創り出すのは怒りか諦めか。それに抗うのは、強靭な精神。この一つの時の中で生きるという難しさよ。
「明日のチャンピオン。本物のチャンピオンになったら、なんて呼ばれるんだろうな」タノムがつぶやく。空が白む前に仕事が終わる。八千円頂きます。
何度目の間違いだろう。味付け牛カルビ(アメリカ産)を買ってしまった。タノムはフライパンに湯を沸かし、チューブ生姜を搾り、肉の臭みを取らんと湯がく。
「この安い肉は、カウンターパンチのようだね。よけられないね」
タノムは低いテーブルで、前かがみに、上半身と下半身で腹を挟むように肉を食べながらイースケ君に電話をしようかと考えている。
「昨日の画。もうネットに流れているの?」と、聴きたかった。誰だって自分の裸が人目にさらされるのは気になるものだ。どんな反応があるのだろうかと。体には電気があった。心地よさと嫌悪感が混じるようなもの。ネットで、彼らの番組を観た。オッパイが売りの画像から、射精大会、包茎チンチンの亀頭と包皮の癒着を剥がす、ヤリチンの経験談まで幅広く下ネタだった。薄いカーテンの向こうで本番行為が行われている。『声だけでイってね』と、テロップが入る。
甘いものを口にしたかったので、トーストにシナモンアップルジャムを塗って食べる。牛乳を口に含んでタバコに火をつけたら、ラーメンが食べたくなった。豚骨スープの匂いが広がったから。
タノムはベッドに入り、腕を動かして左肩の筋肉の一番盛り上がった所を右の手の平で揉んだ。筋肉を硬くしたり弛めたりしながら、そのボリュームを確かめている。あのロープをまたいだとき。自分の脚の短さを感じたから負けたのかな。滑り止めの松ヤニを、相手がしっかりと付けているのを見て、自分もって付けすぎたからかな。ゴングの後、右アゴに違和感があったな。あれは「左フックをくれ」って事だったのかな。あの時マウスピース
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