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「ボクサー だいたいみんなノーモーション
「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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意識は弛緩していった。生きている事への罪悪感がそうさせたのだ。それでも抗うようにサンドバックを叩き続けた。続けるうちに『無』に近づく気がしたのだ。『ゆるい無』より『濃密な無』を求めた。
 タノムは大金が動くところを想像している。「彼らは金が動く事に快感を覚えるのか? それとも、金にまつわる快楽を愛しているのか? シンクロニシティー。大金が動くと心も動く。それは俺にどのように働くのだろうか? 今日は和牛を食べよう? それとも女を買おう? さもなくば不意な事故で指を失うのか? いや、何故俺の指が」風が吹いている。みなの意識に。それはあまりに複雑すぎて苦痛を伴うばかり。「今、私 何かを失った?」そう、世の中が何かを失ったのだ。
タノムの頭に「大人買い」という言葉が浮かんだ。金があると大人なのか。それでは金を取り上げると子供に戻るのか。恐い人達から金を取り上げるところを考えたらチンチンが縮んだ。「切り取られちまうよ。こっちが子供になるどころか女の子になっちまうぜ」
 明日のチャンピオン。この金欲が生み出す荒波の中で、必死に本当のチャンピオンになるために泳いでいる。その中で本当の善悪なんて、判断でないだろう。才能があるのは大変だ。タノムはゆっくりタバコをふかしていた。
「才能が無いから平和か」自嘲気味に笑った。
 キレイなボクサーが好きだぁ。胸のすくようなキレイなボクサーの闘争心と根性が好きだぁ。汚いボクサーは勝って納得だぁ。だって汚いんだもんなぁ。
 タノムは『汚い』は『キレイ』を引き締めるためにあるんじゃないかと思っている。まだ純な『キレイ』が『汚い』に研磨されてだんだんその核心に迫り、『キレイ』の真髄が顕れるんだと。『汚い』があるから世の中の『キレイ』が輝く。もしかすると『汚い』者の放つプレッシャーで『キレイ』が輝いているのか。それと同時に、『キレイ』と『汚い』をあわせもったボクサーを想う。彼はどっちの力で勝っているのだろう? 『汚い』のプレッシャーで『キレイ』が輝く? では『勝ち』は『キレイ』なのか? 
『汚い』勝ち方もあるだろ? では『キレイ』は『汚い』に負ける事もあるのか? いやそれは『キレイ』ではないのだ。『キレイ』ではないのだよ。そうなのだよ。
「価値のあるものを磨くのは苦痛が伴うものだ。一生懸命磨き始めると、一度くすむ事があるからさ。そしたら自分がダメにしちまったのかなって。罪悪感よな」タノムは昔のハードパンチャーを想っていた。天井の照明を見た。「自分の事だ」と、思った。「自分がくすんだのだ。それが、彼にも伝染ったんだよな」
 ブラインドの向こうで清掃員が機械を回して床を磨いている。何も考えてはいないだろう。その代わりにタノムが考えたのだ。「ありがとう清掃員」と、タノムは思った。
 時間がボォッと過ぎてゆく。自分が動かないぶんだけ
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