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「ボクサー だいたいみんなノーモーション
「ボクサー だいたいみんなノーモーション」(1)
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うになった。俺は奴を堕とすためにボクサーになったんだって。『神の命を受けて』ってやつだ。だもたまに怖いんだ。俺は誰よりも弱い人間なのじゃないかって怖くなる。だから今日も飲むの。なぁ、俺は何に負けたと思う? ちなみにチンポはデカいぜ?」
「運あって善人になり、運あって悪人になる」と、イースケは返した。「それどういう意味?」と訊き返された。「運が無ければ善も悪も寄り付かないのだ」という意味だと説明した。
「あんた、頭いいね」と、八百長ボクサーは言った。「なぁ、俺がとてつもなく強かったらこの世から八百長は消えたかな。提示された金額は、俺にとってはした金で笑っちまった。でも、現実を見たらかなりの大金。自分の物差しを、世間に照らし合わせて縮めるってのは、小人物かね? そうかね?」言い終わった後、八百長ボクサーは個室を仕切る、すだれの向こうを見た。女の子が楽しそうに飲んでいる。酒がさめるのを感じながら、そこかしこに敵意があるような気がした。意識をそらしてしまえば、そんなあやふやな敵意なんてものは消える。しかしながら、そこから逃げてしまえば意識の一部が死ぬ。「ああ、なるほど。俺は百万円の男になったんだ」溢れるような大金の渦に巻き込まれて、小さな船につかまり、ようやっとたどり着いたのが、百万円の無人島よ。そこにたどり着いたら、もう、行き場所なんて考える余地もないや。
「最後なんですけど。あなたにとってボクシングとはなんですか?」イースケが訊く。
「チョコバナナみたいなもんだよ。バナナだけじゃなく、チョコも付いてる。バナナよりもうちょっと美味しいよ。くらいだよ。なぁ、自分より弱い奴をぶちのめすのは好きか?」
「分りません。強い奴はぶちのめせないような気がしますけど」
「負けると思ったら、逃げるの?」
「一矢報いるとかですか? それ、かっこ悪いような……」
「どうして?」
「一矢報いるって心がある限り、大人物にはなれないからじゃないですか」
「そうだね」と、八百長ボクサーは言った。「勝負はあらかじめ決まってるのか」
「逃げたら死ぬって、どういう意味ですか? さっき、何か言ってたじゃないですか」
「動いたら死ぬね。分らねぇけど、意識ってものがあるだろ? 自分の意識な。その周りには、何十、何百っていう可能性があるわけよ。それにいちいち手を出しちまったら、命ないわ。そのほとんどが死ぬ可能性に思えるんだ。そういう時があるんだよ。分る? いいこと言ったでしょ」
 イースケが礼を言う。「色々体験すると、深くなりますね。すごいですね」そう言うイースケの顔は目がつり上がっている。もしかすると、イースケの意識の周りにも『死ぬ可能性』が満ちているのかもしれない。

 一人ぼっちが、癒えない傷に触れないように包んでくれる。いつか癒したい。いつかは癒える。そんな想いがまた
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