第十一章 追憶の二重奏
幕間 庭園の管理人
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「……っ……ぁ……?」
芳醇……濃厚……芳醇……。
まるで水飴のように甘く粘性さえ感じられる香りが鼻孔から喉を通り、肺と胃を満たし。ゆっくりと全身を巡っていく香りは朦朧とする意識を覚醒へと導いていく。眠りという水底に沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。感覚が戻るに連れ、己を満たす香りが一つではないことに気付く。幾つもの香りが混ざっていながら、決して一つにはなってはいない。
どれもが己を主張しながらも、他の香りを尊重している。そんな矛盾を内包する香り……。
薔薇、睡蓮、百合、桜、向日葵、蒲公英…………嗅いだことのある香りがあれば、記憶に掠りもしない香りもあった。
夢と現の狭間で、香り以外の感覚を得る。
華の香りを含み、柔らかに身体を撫でる風。
天高くから振り注ぐ暖かな陽の光。
己を優しく受け止める香りの源である花々。
ん……。
瞼が痙攣するように震え、微かに狭間が広がる。
朧に霞む視界の中、それでもはっきりと分かるほどの青空が見えていた。その時初めて自分が仰向けになっていることに気付く。首を傾け、顔を横に向ける。すると、視界が二つに分けられた。
空と地面。
何処までも遠く高い蒼穹。
そして、全てが華で満たされた華園であった。
その余りにも美しい情景に息を飲む。
様々な種類の花々が咲き誇っている。
見たことがある花もあれば見たこともない花も、その全てが満開に咲き誇り、風にその身を揺らしていた。
赤、青、黄、緑、白……濃く、薄く、強く、柔らかく……万色と万香に満たされた花畑。
それが遥かな地平線の向こう、空と交わる先へまで続いている。
まるで無限に広がる華園。
生まれてきて今までこれ程美しい光景を見たことがないと、心うちであっても上げる声を失ってしまう程の美しさがそこにはあった。
その圧倒的としか言い様がない美しさに、これが夢か現か判断がつかなくなる。
揺れる心。
未だ覚醒しきれていない意識。
そんな中、手は導かれるように自然と美しく咲き誇る華に伸びる。
き、れい……。
自然と美しいものに惹かれ、伸ばされる手。
その指先が風に揺れる花に触れる―――その瞬間、
「―――ん、と。触るのはいいけど、摘むのはやめてね」
「―――え?」
頭上から声が落ちてきた。
唐突に聞こえた声に、霞んでいた意識が一気に覚醒する。横に向けていた顔を一息に上げると、自分を見下ろす影を見上げた。
そこには、
「っ!?」
「ん? 何? どうかした?」
光があった。
否、光が結集したかのような美しい少女がいた。
白い、銀を纏う美しい髪、一点の曇りない白のワンピースから除くのは、処女雪の如き真白の肌。
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