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無慈悲な時の流れ
第三章
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レビの前にいる者達も呆然とした。
「終わったか・・・・・・」
 誰もがそう思った。一人を除いて。
 仰木が黙ってベンチを出た。そして代打を告げた。
「代打、梨田」
 それを聞いた観客達が皆地を揺らす程の驚愕を見せた。
「梨田かぁ!」
 梨田昌孝。近鉄の正捕手を長い間務めてきた男である。西本幸雄のキャッチャーとしての在り方を一から教わり時には鉄拳制裁も浴びた。だが彼はそれに応え近鉄の守りの要となったのだ。
 その打撃もパンチ力があった。だがそれよりもその独特の打法で知られていた。
 こんにゃく打法。身体をぐにゃぐにゃと動かすその打法は一度見たら忘れられないものであった。
「わしの打撃理論から見たら反対やけれどな」
 西本はそれを見てこう言った。
「そやがあれで結構打ってくれとるしまあええやろ」
 西本は選手の個性を否定するような男ではなかった。確かに炎の如き厳しさを持つ人物であったがそれ以上に温かい人物であった。
 その西本が育て上げた弟子の一人、だが寄る年波には勝てずこのシーズンでは限界が囁かれていた。実際に彼は今シーズン限りで引退するつもりであった。
(これが最後かもな)
 彼はそう思いながらバッターボックスに向かった。牛島は梨田から目を離さなかった。
「どうするか、やな」
 彼は逡巡していた。歩かせるか、それとも勝負か。彼は常に物事をクールに考える男であった。
 だが同時に熱い心を持っていた。そうでなければストッパーは務まらない。
「梨田さんは引退するかも知れん」
 それは彼も聞いていた。
「これが最後かもな」
 そう思うと何か熱いものがこみあげてきた。そしてグローブの中の白球を見る。それは無言で白く輝いていた。
「よし」
 彼は決意した。こんな状況で逃げては男がすたる、彼は勝負を挑むことにした。
「勝っても負けても全部俺の責任や」
 今は同点である。そして今二塁にいる鈴木は彼が出したランナーである。ここまできて悩むこともないな、と思った。
 梨田は無言でバッターボックスに立っている。二塁にいる鈴木は足は決して速くはないが勘がいい。おそらくヒットで帰ってこれるだろう。
 梨田はそれ以上考えなかった。ただ無心に近くなってきた。

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