第五章
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ボールを打った。
「しまった!」
古田はマスクを放り投げて打球を目で追った。後で野村は彼の配球をなじった。
「何ちゅう配球しとんのや」
と。それを彼は後々まで悔やむことになる。
打球はゆるゆると上がっていく。力は無い。だがそれはヤクルトナインとファンを絶望させるには充分な打球であった。
打球はセンターフライであった。飯田が捕った。その瞬間ヤクルトナインは奈落の底に落ちた。
辻が打球を確認して走る。如何に飯田の肩が強かろうが彼を止める事は不可能だった。西武は貴重な一点を手に入れた。
「まだ勝負は続くで」
それでも野村は諦めない。ヤクルトナインも絶望から目を覚ました。ファンも最後の攻撃に希望を託す。
「この回を凌げば・・・・・・」
森は呟いた。これは秋山を前にしたヤクルトナインや野村と全く変わらない言葉だ。しかし状況が違う。
石井の身体に何かが宿った。そしてその投球は正に鬼神が宿ったかの如きだった。
石井は投げる。そしてヤクルト打線を全く寄せ付けない。これまで以上の凄まじい投球だった。
そして最後のバッターパウエルのバットが空を切る。長い戦いがここに幕を降ろした。
「やったぞーーーーーっ!!」
その瞬間石井は両手を上げガッツポーズをした。その瞬間西武ナインは喜びに包まれた。
三連覇。またしても日本一となった。優勝には慣れている。だがこの時は違っていた。
「やっと勝った・・・・・・。俺達は勝ったんだ・・・・・・」
西武にこの男ありと言われた石毛が泣いている。何度も日本一を経験している男が泣いていた。
「俺は初めて見た。自分のチームの選手が勝って泣いているのを」
森は言った。彼にとってもつらく苦しい戦いだった。
「精神的にもこたえた。遊び、読みの出来ないシリーズだった」
そして最後にこう言った。
「こんなに苦しい戦いは初めてだったよ」
巨人の正捕手だった頃からシリーズを知っている男が言った。実に深い言葉だった。
森は宙に舞う。そして石毛が。西武は勝者となったのだ。
それを黙って見る男がいた。敗れたヤクルトの将、野村である。
彼をマスコミが取り囲んだ。野村は彼等に対し言った。
「まさかな七戦までいくとは思わんかったな。どの試合も采配を振るうわしが手に汗握った。うちの選手がシリーズを盛り上げたんや。セリーグの覇者の面目は保ったな」
その言葉は意外だった。彼のその言葉には嫌味が無かった。しかし彼はふと立ち止まって言った。
「うちはまだまだ何をとっても未熟や。それが最後に出たな」
彼はそう言うと死闘が行われた暮れかかる神宮の社を後にした。
長い戦いだった。西武圧倒的有利と言われながらも若いヤクルトは果敢に戦った。そしてあわや、というところまで王者西武を追い詰めた。
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