暁 〜小説投稿サイト〜
知と知の死闘
第一章
[3/6]

[1] [9] 最後 最初 [2]次話
いる。飯田はここでエンタイトルツーベースを放った。これで同点となった。
 次は荒井幸雄、小柄な左打者である。彼はバットをコンパクトに振り抜きボールをライト前に運んだ。二塁ランナーの飯田は三塁ベースを回った。
 西武のライトは平野。俊足、堅守、そして強肩で知られる。彼はボールを素早く処理し冷静にバックホームを放った。
 神宮の緑の芝の上を白いカッターは切り裂いていくようであった。それがワンバウンドでキャッチャー伊東のミットに収まる。伊東は立ち上がった。そして三塁とホームの間のラインに仁王立ちして突入して来る飯田を殺さんと待ち構えていた。
 だが飯田は突っ込んでは来なかった。飯田はそこにはいなかった。伊東が捕球してタッチに向かおうとしたそれより前に彼の左足を迂回してその背に回り込んでいたのだ。
 伊東は追う。しかし飯田の動きは速かった。彼は左手から滑り込んだ。そして右手首のスナップを効かせホームを叩いた。難攻不落と呼ばれ西武のホームを死守してきた伊東から果敢にホームを奪ったのだ。
「セーーーーフッ!」
 主審の右手が横に切られる。神宮の社が喚声に包まれた。
 それは観客だけではなかった。ヤクルトナインにもそれは伝わった。
 “やるんだ、そして勝つんだ!”
 今まで王者西武に呑まれていた戦士達が息を吹き返した。彼等の目に光が宿った。
 ヤクルトナインは奮い立った。そしてこの時西武を睨み付けた。
 “やってやる、日本一になってやる”
 それにまず応えたのが古田であった。六回にソロアーチを飛ばした。これで三対二。試合はヤクルト有利となっていた。
 しかし相手もさるものである。土壇場の九回に石毛の犠牲フライで同点に追いつく。試合は振り出しに戻り遂に延長戦に突入した。
 延長十二回、勝負はもつれ込んだ。神はここでドラマを演出した。
 ヤクルトはこの回秦真司の二塁打等で一死満塁の絶好のチャンスを作る。だがマウンドに立つのは西武の誇るストッパー鹿取義隆。巨人時代よりシンカーとピンチでの強さを知られた男である。野村はここで代打を送った。
「代打、杉浦」
 このアナウンスを聞いた時場内は呆気に取られた。皆驚いていた。誰かが言った。
「こんな時に何であんな老いぼれなんだ!」
 そう言ったのも無理は無いだろう。杉浦亨。かってのヤクルトの日本一の時の最後の現役選手である。この時四十歳であった。
 かっては弱小スワローズを一人で支えた主砲であった。だがそんな彼も寄る年波には勝てずこの年の前年には野村に引退を申し入れていた。だが野村に引き留められそれを思い留まった。自らも長い現役時代を送った野村の優しさだったのだろう。色々と言われているが野村にはこうした優しさもある。だからこそ彼をいまだに慕う者が多くいるのである。
 だが話はそう上手くはいかない
[1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2025 肥前のポチ