糸流れ 史
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人が、人が生きるための役割。
それ以外に不可能という唯一性ではなく、消去法から生まれた必然の唯一性。
代役がいないというのはそういうことだ。
こんなことを真面目に考えている人間は少ないだろう。武芸者の大半は己を律し人々を守ることを当然と考えている。剄は天からの贈り物だと、そんな考えを信じている。
それで問題はない。人が問題なく生きる上での法のようなものだ。法律ほど固く厳密ではないが、不幸になる誰かがいるわけではない。
気にするだけ無駄な話なのだ。
実際、人々を守るのは武芸者として当然の義務だと己自身思っているのだから。
最も、幼い子供であるレイフォンには理解できていないようだが。
「まあ、いずれ分かる」
分かっていなさそうなレイフォンの頭に手を置く。
「気に食わないことがあっても一般人相手に力に訴えるなよ。正当性がないと面倒なことになる」
髪をかき混ぜるように、乱暴に撫でる。
「誰かに当たりたくなったらこの時間にでもぶつけろ。お前じゃ本気出しても傷一つ与えられない武芸者相手にだ」
「はーい」
「絶対分かってないだろ。取り敢えずはいはい言う癖やめろお前」
「はーい」
「……」
思わず小さく舌打ちしてしまう。
走り去っていくレイフォンを見送る。二歳児相手では意味のない言葉だっただろう。何もなければいいが。
剄を教えるのはある程度の年齢になってから、というのもその辺りが関係しているのかもしれない。
自立心と自制心は大事だ。だとすれば随分と早まったことをしてしまった事になる。
もう少し考えるべきだったかもしれない。今更な話だが。
屋敷に戻ろうとし、ふと足元を見て気づく。
残っていたはずの菓子が一つも残っていない。
「……だから一目散に走っていったのか」
それから半年近く、何事もない日々が過ぎていった。
レイフォンは着実に内力系活剄を収め、基礎を充実させていった。
何も問題はない。
そのはずだった。
「申し訳ありませんが、今日はレイフォンを休ませていただきます」
メイファー・シュタットは。レイフォンの母はそう言って頭を下げた。
「当日になってからの報告となり非礼となりますが、重ねて申し上げます。既にチーフには了承を得ましたが、本日から私は数日の暇をいただきます」
来た当初にあった怯えは消え、まるで嘗ても同じような……寧ろより高位な場での職に就いていた如く洗練された技量を発揮し屋敷での地位を得たそのメイドは、感情を見せぬ声で淡々とそう告げた。
面を上げたその瞳に浮かぶ色は、己には理解できぬものだった。
「理由は一身上の、家庭の都合です」
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