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久遠の神話
第八十話 残る四人その四
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「日本に来て炒飯を作ることが増えたね」
「日本人のお客さんが食べるからですね」
「うん、大尉は今包をパンと考えているよね」
「実際にそうですね」
「うん、中国のパンだよ」
 文字通りそれになるというのだ。だから中国人の多くは日本人と比べてもパンに抵抗が少ないのである。
「まさにね」
「そうですね、それでチャーシュー麺ですが」
「スープみたいなものだね」
「そう考えていますが」
「時として麺が主食になるね」
「麦ですから」
 それでだ、スペンサーはアメリカ人の食事への視点から話す。
「そうなりますね」
「けれど日本人は麦を主食と考えないから」
「包を注文してもですね」
「炒飯を頼むんだよね」
「若しくは白い御飯を」
「餃子を頼んでもね」
 焼き餃子だけでない、水餃子や蒸し餃子でもだ。スペンサーも今海老蒸し餃子に韮餃子を食べている。どちらも蒸し餃子だ。
「御飯の系列を頼むんだよ、お粥の場合もあるけれど」
「お米を欠かさないですね」
「それが日本人ですね」
「うん、噂には聞いていたけれど」
「日本人の主食はお米ですね」
「そうなんだよね、麦も大豆も他の穀物は」
 主食と考えていないふしがあるというのだ、日本人は。
「これがなんだと思ったよ」
「お米が第一ですね、本当に」
「麦のものはおかずでね」
「特にこの関西は」
「そうそう、和食のお店に入ると」
 そこでだ、外国人の彼等が見たものは。
「うどん定食とかね、うどんと丼を頼んだり」
「焼きそば定食、お好み焼き定食と」
「主食をおかずにして主食を食べるからね」
「それは他の国にはあまりないですね」
 アメリカにはピザの上にマカロニを置いたピザもあるにはある、しかし日本人の様にて威力として一般化しているかというと。
「本当に」
「美味しいけれどね」
 味はいい、だがだというのだ。
「それでもね」
「御飯だけが主食と考えるのは」
「日本だけかな」
「タイやベトナムはどうでしょうか」
「ああ、東南アジアもね」
「そうした傾向があるのでは」
 東南アジアも主食は米だ、この辺りは年三回米が採れるので余計にだ。
「そう考えたのですが」
「そうかもね、あの辺りもね」
「米のみが主食と考えている可能性がありますね」
「麦があってもね」
 だが、というのだ。
「主食とは考えないかもね」
「そこがアメリカや中国とは違いますか」
「お米の方がよく採れるしね」
 麦と比べるとだ、収穫量は全く違うのだ。
「だからね」
「それで、ですね」
「うん、東南アジアでもそうかな」
「お米だけを主食と考えることは」
「それで麺類とか餃子をね」
「おかずと考えて食べるのですね」
「そうかも知れないね、あの辺りも」
 東南アジアもだ
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