内定
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掲げ、手は痙攣でもしたかのようにプルプルと震えている。そもそもこの男、裸足だ。玄関サンダルすら使わない、裸足なのだ。華恋は総合的に主の容態を判断した。
「華恋、そんな可哀想な生き物を見るような目で僕を見ていないで、早くこっちに!」
「ゴメンなさい左霧様。私がもう少しあなた様を労わって上げていたら、こんなことには……」
「? 何が?」
「左霧様、呆けてしまったのですね……そんな、靴も履かないで……一体、一体どこへ行こうというのです!?」
「呆けてないよ! 早くこれを確認したくてうっかり履き忘れたの! これ!」
なかなか厄介な女中である。左霧はしびれを切らして彼女の前に例の内定通知を突きつけた。華恋はそれに目を瞬かせて眺めていたが、しばらくすると手を叩いて喜びを顕にした。
「おめでとうございます左霧様! 努力の結果が実りましたね! ああ! 何ていい日でしょう!」
まるで自分のことのように涙を浮かべながら喜んでくれる華恋に、左霧は思わず苦笑した。だが、彼自身も自らが成し得たことに未だ興奮が冷めない。目に浮かべた涙を拭いながら華恋は、主人の栄達を祝福した。
「これでようやく、ようやく桜子様に胸を張ってただいまが言えますね!」
「ああ!」
「立派な社会人ですね!」
「ああ!」
「ところで……いくらなんですか?」
「ああ!……え?」
最初は華恋の言いたいことが分からなかった。笑顔のまま、左霧の返答を待つ彼女は、まるで審判を司る女神のようだった。ようやくそのことに気が付いた左霧は、しかし次の瞬間完全に彼女の期待を裏切る形で自らの、『稼ぎ』を口にしてしまった。
「まぁ、臨時教師だからね、そこは、さ、仕方ないよね、うん」
「左霧様」
「うん」
「死ぬ気で、稼いでくださいね?」
「うん、まずは生徒の信頼を勝ち取って、仲良くお昼ご飯を食べられるような先生を」
「働け」
「はい……」
華恋は笑顔だった。その後ろに、何か見てはいけない、『何か』がいなければ。
この瞬間、彼は覚悟した。早く、出来るだけ早くに、臨時ではなく、正式な教師になろうと。でないと、この阿修羅のような女中には勝てないぞと。
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