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もう一人の自分
第九章
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ートか!」
 確かにそれはシュートであった。しかしこれも普通のシュートではなかった。
 打てるものではなかった。バットは空しく空を切った。
 またストライクの声が響き渡った。瞬く間にツーナッシングに追い込まれてしまった。
 三球目。杉浦のあまりのスローイングのスピードに砂塵が舞った。そしてまたあの音がした。
 今度はストライクゾーンにまっすぐに向かってくる。
「ストレートなら何とか」
 打とうとする、しかしそれは手元で大きく浮き上がった。
「まさか!」
 確かにそれはホップした。恐るべきボールのノビだった。
 またしても空振りだった。あえなく三振となった。
 杉浦の投球はそれだけではなかった。次々と巨人のバッターを屠っていく。そこにはもう何の雑念もなかった。そう、無心の投球であった。
 五回には遂に血マメが潰れた。だがそれももう苦にはならなかった。
「だったら指のハラで押し出すだけだ」
 そうやって投げた。目の前にいる筈のバッターも見えなかった。
 マウンドで砂塵が舞う。杉浦はそれも意に介さず投げる。
 何時しか自分がマウンドに投げる自分を見ているような気分になった。いや、彼は確かにそれを見ていた。
 長嶋も他のバッターももう関係はなかった。ただマウンドにいて投げる、それだけであった。
 ベンチにいる記憶はなかった。不思議なことだが彼はもうマウンドにいる自分だけが見えていたのだ。
 観客の声も聞こえなかった。審判の判定も。自分でそのボールがストライクがボールか、そして打たれるか打たれないかわかっていた。投げた瞬間にわかる、だが絶対に勝つ確信があった。
 気付いた時にはもう全てが終わっていた。そう、最後のバッターが倒れていたのだ。
「スギ、よおやった!」
 見ればナインがマウンドに駆け寄って来る。
「え!?」
 彼はその言葉にハッとした。
「勝ったで、日本一や!」
「勝ったんですか!?」
 彼はまだ状況が掴めていなかった。
「勝ったんや、わし等は遂に巨人を倒したんや!」
 皆口々に言う。
「そうですか、勝ったんですか」
 南海は三対〇で勝ったのだ。杉浦も打席に立った筈だがその記憶はなかった。
「そうや、御前が勝ったんや」
 見ればそこに野村がいた。
「ノム」
 杉浦は彼の姿を認めた。だがまだ信じられない。
「これは御前にやる。ウィニングボールや」
「ボールか」
「そうや、御前の勲章や」
 野村はそう言うと杉浦にミットの中の白球を手渡した。

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