第二章
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第二章
そして杉浦だ。彼は鶴岡を前にしても表情を一切変えていなかった。
(こいつええ度胸しとる)
鶴岡はそれを見て心の中でそう呟いた。
(わしを前にして平然としていられるとはな。顔立ちは穏やかやが相当肝の座っとる奴や)
杉浦は穏やかな物腰であったがそれだけではなかった。流石にマウンドにいるだけはあった。鶴岡の剣幕を前にしてもいつもと同じ様子であった。
こういう話がある。彼はランナーを一塁に背負っていた。普通ならそのランナーを警戒してセットポジションにする。
しかし彼は違っていた。何と普段と変わらず大きく振り被って投げたのだ。
「えっ!?」
これには皆驚いた。当然ランナーは走る。次のボールも振り被った。また走られる。
だがバッターは三振に討ち取った。そして無得点に抑えたのだ。
そこまで肝の座った男であった。その彼がゆっくりと口を開いた。
「鶴岡さん、僕は男です」
彼は鶴岡を見据えて言った。
(ムッ)
彼はそれを聞いた時杉浦の男気を見抜いた。
「シゲのことは関係ありません。僕は南海へ行きます」
はっきりとそう言い切った。それで全てが終わった。
「よし」
鶴岡は一言そう言うと頷いた。こうして杉浦の南海入りが決定した。
これで鶴岡は杉浦のピッチャーとしての才能以外の部分にも惚れ込んだ。その度胸と人柄もであった。
(こいつは信用できる)
そう思ったのだ。事実杉浦は素直で穏やかな性格であり誰とも親しく付き合えた。よって南海でも忽ちチームのプリンスとなった。
投げると砂塵が舞った。華麗なアンダースローから繰り出される速球とカーブ、シュートはどの強打者も打つことができなかった。
投げた時の『ビシッ』という音がバッターボックスにまで聞こえてきた。そしてバッターに当たるかと思われたボールがストライクゾーンに大きく曲がり込んでくる。その速球も異様なノビがあった。
「あんなもの打てないよ」
怪童と呼ばれた中西太がたまらずこう言った。青バット大下弘も暴れん坊豊田泰光も沈黙した。シュート打ちの名人と謳われた山内一弘もそのシュートはなかなか打てなかった。入団した年で二七勝を挙げた。文句なしの成績で新人王に選ばれたのだった。
二年目のジンクスを危惧する声もあった。だがそれは彼に関しては心配無用であった。
「こんなボール今まで受けたことないわ」
彼とバッテリーを組む野村克也はそう言った。後に彼は多くのピッチャーのボールを受けるが彼はそれでも杉浦以上のピッチャーは見たことがなかった、という。
その彼がこの年恐るべき偉業を残した。
三八勝四敗。防御率一・四〇.奪三振三三六。今では到底信じられない成績であった。これ程までのピッチャーがいて優勝しない筈がなかった。彼がマウンドに上がるとそれだ
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