暁 〜小説投稿サイト〜
水深1.73m 背伸び 遠浅
水深1.73メートル 背伸び 遠浅
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じっとその会話に聞き入っていた。それまでの会話にもそれからの会話にも僕自身のことは出てこなかった。僕は「この僕」の不出来が、何かしらの欠陥が、彼らに語られるのを待っていたんだ。「あの子の不出来は誰々の遺伝じゃないか」という風に、そんな決定的な評価を待っていた。僕の中のまだ見出されない不出来は、触れられない事でますますその存在を堅くしていく。
その時の僕は少し覚悟していたんだ。何に対する覚悟かは分からない。でも多分・・・凄く個人的な悩みを一生背負うとか、そんな感じのことだと思う。僕はその覚悟を、胸の中の確かなしこりを壊さないようにずっと横になっていた。身体を動かしてしまうと僕の覚悟は生ぬるい現実に流されてしまいそうだった。
 部屋に夕闇が迫る。目は開かれたまま闇に馴染み、部屋は残さず夜の藍に染まった。夜の藍のヴェールは、部屋の色達を闇に統一しようと染み入る。僅かな光にやっと滲んでいる個々の色に僕は新しい喜びを覚える。静かに覚醒した意識で僕は「覚悟」の事を思う。

 そう、それから一年ほど後 僕は片思いを止めたんだ。

 ん? 片思いを?片思いだけを?

 僕は今同じ部屋で考えている。「人から想われることを頑なに拒む」事について。それはすごく楽なように思える。そしてひどく臆病な僕は究極に「決して人を想わない」「決して人から想われない」事で安定さえ求めてしまっている。僕の身体は創造された孤独と胸の温かなぬくもりとを同時に感じ、決して同じではないはずなのに「孤独」=「温か」を創り上げる。そして僕は目を開いたまま夢を見た。窓の外の月が梅干の仁のようにぷよぷよと白く輝いている。

弱い風が吹き、不揃いな前髪が揺れていている学校の午後。僕の右手には吉行から貰い受けたカメラがある。想像のそれはレンズが深く大きく、全てを包み込み凝縮するかに見える。腹に溜まらない、あさはかで未熟な言葉、笑いの込められた歳の浅い性愛の風、そのすべてを頬に浴びて、微動だにしない僕がいる。外は雨なのかもしれないし、ただの曇りかもしれない。学校は薄い光の幕に覆われている。その弱い光は、僕らこの学校の生徒がこの学校に属しているのだ、ないしはまだ大人社会から遠く離れた場所にいるということを強く確かに感じさせる。強い日差しなら照らされて焦げ付いてしまいそうな、心の中にジワリと生まれる大人になる事への焦り。柔らかな光が胸の焦がれを優しく冷ましている。その作り出す表情が教室のそれぞれにある。
たまらずシャッターを切る。僕はありきたりのカッコよさを突き抜ける。彼らの本質を、迷いを写し取らんとする。彼らの目の内に宿り、まだ全てのことをショートカットで理解することの出来ない無知による迷いそのものを映し出すんだ。光の粒まで描写したい。闇の艶やかささえ映し出し、主張したい。僕は超然としている。誰に嫌
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