暁 〜小説投稿サイト〜
水深1.73m 背伸び 遠浅
水深1.73メートル 背伸び 遠浅
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三人を背にしてまた作業場に戻った。
「どれも重くない」
僕は父親にそれだけを伝えて椅子に座った。緊張で正確な事は何も分からなかった。僕の緊張は彼らが帰った後もしばらく続き、クラッチを握った手の汗ばみの事、僕の汗がついたクラッチレバーの事、それを触ったであろうか彼らの事、言葉にはならない劣等感の事を考えていた。
我が家の「カワサキ」君は身の丈に合わない物として僕の首を締める。僕は上手に大人になれていない。少なくとも十四歳の僕は「カワサキ」君に見劣りしているのだ。

 夕食の後、一服するために工場の二階に上がった。ここは工場と店舗を見張るために祖父が泊り込んでいたところだ。昨年祖父の死んだ後、母親に懇願して僕がその役になった。三畳の部屋に机と照明がある。短波の入るラジオがある。まだ夏の終わりで外には虫の声が響いた。ここにいるときは四六時中タバコの煙を吸い込む。缶ジュースを半分に千切った灰皿はいっぱいになる。
「最初は美味かったのになぁ・・・・」タバコの体から疲れを抜く効用に「素晴らしい!」と思ったのは昔、タイガーバームのように次第に魔法は薄れてゆく。
 ラジオが今年の天気の長期予報を流している。
「残暑厳しくその後厳冬 二十二年ぶりの大寒波 シベリアの風」を伝えた。「二十二年前」そう、僕の生まれる前にも寒い冬があったのだ。

僕は思い出している。一年くらい前のことを。

 僕は思春期と反抗期に踏み込んでしまい、両親を遠ざけ、憎んでいる。離れの工場の二階にある管理室、つまりここに閉じこもりがちになる。そこで祖父と父親の会話と工具のカチカチ当たる音を聞いていた。僕の父さんは二代目だ。おい、顔色が悪いとの祖父の声に父さんが答える、
「歳を取って生まれた子は何処かに欠陥があると誰かが言ってますよ、偉い学者さんだったかと思いますけど」
「何だ、卑屈か」と言って祖父が続けた、「自分の首絞めたら家族みんな首絞まるわ。欠陥なんて言うな、顔色悪いだけじゃないかい」
 父さんは何も答えなかった。父さんは四番目の子供だ。その時祖母(父さんのお母さん)は四十も半ばを過ぎていたらしい。年老いた人間から年老いた風の人間が出来るのは想像に優しい。あぶなく納得してしまいそうだ。
「全てを許したんですかね。四人も作ったんですから、自分を許したんですかね」
 父さんの言葉に祖父が答える、
「卑屈言うなて。生きていけば分かる」
「分かったんですか」
「分かった」
「それは凄い事ですか」
「凄くはないが面白い」
「どういう風に」
「趣がある」
「人生が趣きありますか」
「人生じゃない。肉体じゃ」
 それから二人は長々と肉体と意識について話していた。話しは、妄想的なところと、想像的なところと、現実的なところが入り混じっていた。
僕は身じろぎもせず、
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