水深1.73メートル 背伸び 遠浅
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俺のチンコどうだった」
牧緒が答える。
「剥いとけ」
冬の日差しは高くはなく南に。しかし、確かに僕らを暖める。
潮風は潮風。ただの潮風。
15
新しい季節、新しい年度、新しい仲間、嗅ぎ慣れた匂い。
マシュマロのような白い意識。暗闇と深い穴。それを無理やりに埋める賛辞。
涙のようにすぐ乾く慰め。大地の風化と記憶の堆積。傷は知らずに癒される。
16
僕は河川敷を歩いている。春休みに父親を手伝った小遣いを当てカメラを買った。ソビエト製のバッタもの。僕はバッタものであることがなおうれしい。春の陽気と気分の高揚、厚手のシャツ。汗ががベルトまわりを濡らしている。左のポケットにはリバーサルフィルムを二本用意していた。とてもカラー写真が撮りたい。右のポケットには相変わらずのセヴンスターが入っている。僕の向かう先には新しい街が広がっていた。その街には鉄道の駅があった。僕の住む町を迂回した鉄道だ。汗をかいた僕は駅前の喫茶店に入る。店の名前がひどく和風だった。僕は勇気がある。こんな店に入れるのだもの。
ドアの向こうにはカーリーでグレイの髪をしたマスターがいる。臙脂のベストがぴったりとしている。マスターの色と店内の色が馴染んでいて落ち着く。御絞りとお冷が運ばれてくる。「アイスコーヒー」と僕の声が響く。声が柔らかい空気に吸い込まれてとてもソフトな感じになった。
一匹の虫が照明を叩いては床に落ちる、を繰り返している。彼は何度もアタックしていた。とても硬い虫だ。マスターが店の奥の扉をノックする。扉を少し開けて柔らかく口を開く。
「仕事です」
扉は少しだけ開かれたまま。空気の流れが少しだけ変わって僕の意識に緊張感を射し込む。
サイフォンがコーヒーを淹れてくれている。僕はサイフォンの仕組みをあれこれと推測している。
扉の向こうから女の子が出てくる。黒のタートルネックに細いブーツカットのジーンズを履いて小さな石のネックレスをしていた。短めの髪を前から後ろに流してカチューシャでまとめ、毛先が艶々した茶色でウエーブが爆発している。耳たぶにはピアスの穴が開いていたがピアスは見えなかった。横顔はオデコの少し出た幼い形をしていた。
男は照明を指差し、虫のいる事を伝えた。彼女は小さい蓋付きのちりとりとほうきを持って虫が照明に当たって気絶するのをその下で待っていた。僕はその細いウエストを視界の端でじっと見ていた。アイスコーヒーはカウンターの裏で出番を待っている。虫が「カンっ」と電球を叩き床に落ちた。それを彼女がほうきで蓋の中に閉じ込めてそのまま店の奥に持ち去っていった。彼女のヒールの音以外、店には音が響かなくなった。
僕は今まで、そんなに細いウエストを見たことが無かった。女の子は歳を取るとウ
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