暁 〜小説投稿サイト〜
水深1.73m 背伸び 遠浅
水深1.73メートル 背伸び 遠浅
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いた話では、彼の家の会社は父親の代で終わるそうだ。会社の一族支配が終わるというような言い方だったかもしれない。孝太さんが跡継ぎになれない事だけは分かっているらしかった。よく分からないけど、と言い分けして吉行は「黒い金」の話しをした。その話しの間中彼は笑っていた。

僕は終わってしまった事をどうこう考えるのは好きじゃないって言葉をよく耳にする。ごく一般的に。でも僕らには考える時間が有り余っている。考えざるを得ないし、考えるのを止めてもそれほど物事は急に前には進まないんだ。そして僕は白いものにじわじわと黒い影が染み込んでいくイメージを浮かべる。それほど怖くはなかった。それは僕の中の現実と何一つ結びついてやしなかった。
 すべての物の正確なイメージは僕には掴まれず、僕のそれも誰かの想像からはみ出している。そこにある救いは、いち早く芯まで温まる場所へと僕を走らせたがる。寒々しい批判の無い世界を思い浮かべる。誰かが言う、「ゴールまであとわずか」と。誰も触れられない場所まで。

「絡みついたイソギンチャクから抜けだすまでまであとわずか」


   14

 冬休みのある朝。僕と吉行は孝太さんの車で太平洋に出た。初めての太平洋だ。いや僕の初めての海なんだ。
孝太さんは行きの車中で父親の跡を継がないことを僕に話した。継げないとは言わなかった。僕はその後を聞かなかった。車内には小さな音で外国のロックが流れている。僕の下で革張りのシートが落ち着きなく軋んだ音を立てていた。吉行は運転席の後ろに座り、バックミラーの視野から外れるようにサイドガラスにもたれていた。一件以来関係がギクシャクしているらしい。そうだろう、いろんな人の人生が変わってしまったのだ。孝太さんが聞く。
「上村君は将来何になるの?」
「大学生あたりになります」
「都会に出ますか」
「好きなところには行きたいです」
「行ければ良いね」と孝太さんが言った。
「太平洋きれいですか?」と僕が質問した。
孝太さんは「キレイよ」と言ってその後付け加えた、
「初めて見る人は大抵がっかりするけど」
 孝太さんは目をつむって車に揺られる僕にレモンドロップをくれた。僕はそれを口に含んで転がしている。
空は薄いブルー。視界の隅まで澄み渡ってキレイ。

 吉行とマキヲは太平洋の淵に遊ぶ。孝太はその後ろ堤防から腕組みで遠くを望む。初めての裸足の砂浜は冬の寒さにもかかわらず快さを惜しまない。漂着のオブジェは目新しさに罪を拭われる。遠浅の海に波がはじける。マキヲの口からコカコーラが泡を吹いて笑いを誘う。

吉行が波打ち際に枝で文字を書いた。

「ちょっとだけ有罪」

 牧緒は心からは笑えなかった。波の、その文字を消そうか消すまいかを気にして吉行と走る。孝太を遠くに見て吉行が言う。


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