暁 〜小説投稿サイト〜
水深1.73m 背伸び 遠浅
水深1.73メートル 背伸び 遠浅
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大きな物音と受話器が落ちる音と誰かの奇声が聞こえた。その後すぐ電話は切れてしまった。少しの間、受話器の信号音を聞いていた。受話器を置いてしばらく電話機を見ていた。僕はもう、ちょっと電話を取りたくない気分だ。その後かかってきた電話は母親が取った。とてもにこやかに話しをしていた。社交辞令的の連発でとばっちりを避けて上手くやっていたのだと思う。
「お父さん遅いな」と母親が言う。僕は黙っていた。どんな話しから糸口が見つかってしまうか分からなくて恐々としている。話してはいけない秘密が先回りして口を閉ざす。すごく無口。

見知らぬ圧力はマキヲの記憶を次第に黒く染め上げ、それを責められるべきものとし、思い出すという生理に逐一苦痛を突き刺した。マキヲの記憶は徐々に剥ぎ取られ、それに付随する大事なものと共に落ちていった。

とても小さな箱に身体を埋める猫の気持ち。

その夜、工場の二階の牧緒は何も無い男の子になっていた。母屋の電気は消されずに、父親を待っている。風が窓を叩いた。牧緒はため息をついた。頭の中でいつかのCMソングが流れていた。

 翌日、僕は一週間の停学を母親から聞いた。

 色々な理由を考え、僕は自己弁護的にそれを納得した。その一週間の内に僕は料理を覚え、エンジンの解体を覚え、父親に頭を下げる事を覚えた。部屋に置いたラジオからはジャパニーズポップスが流れていた。すべての歌は僕のために流れて、それに涙を流す事もあった。僕は親の気づく所でのタバコを控え、マンガ雑誌を遠ざけ、少しだけ文学をかじった。その一週間、一度も勃起することがなかった。そして僕は強烈に大人になることに焦がれた。
僕は僕の脳みその中の何処かにある大人の領域にアクセスが出来るようになる。アクセスの先が大人なのか子供なのかが次第に分かり始める。そして僕はまだ、そのいびつな入れ物と格闘せざるを得ない。まだ十四歳なのだ。
 僕は停学明けに学校へ向かう直前、ドアの前で両親に幾晩も練り上げた言葉を言う。
「俺、大学行っていいか」
母親も父親も「うん」と言ってうなずいた。二人とも優しい顔をしていた。僕は少し泣きそうだ。涙に滲む師走の町はそれほど寒々しいものではなかった。


   13

 朝早くの学校はいつも通りのやかましさだ。一部の生徒からは僕と吉行は敬遠される存在になっていた。僕らの噂には尾びれが付き、僕らをおちょくる奴や覗きに来る他のクラスの人間が目立っていた。
その話しの中に僕の父さんが土下座をしたことが含まれている。何処かで生徒達は流行りのギャグみたいにぶーぶー泣いて土下座する仕草をしていたらしい。馬鹿いうな父さんは「ぶーぶー泣いてない」・・・でも土下座したんだ。そうらしい。
 吉行の実家の事は余り知られていなかった。内々で済ましたのだろう。後で吉行から聞
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