暁 〜小説投稿サイト〜
水深1.73m 背伸び 遠浅
水深1.73メートル 背伸び 遠浅
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かう。僕の前には尖った靴の、太いボンタンをガニ股で揺らす人たちが見える。僕達はこの時期、毎日が午前授業だ。
僕もあと五センチ背が高くてハンサムなら彼らの仲間になっていたんじゃないかな、とハンサムではない僕が思う。多分僕はハンサムである事に耐えられないんじゃないかとも思う。ハンサムな彼らは僕の知らない空気に触れている。きっと引き締まった緊張感のある空気だ。僕は僕の不細工な顔に甘えている。僕の立場は緩い空気に流され放題だ。僕は不細工なりの人生を送るのだと心に決める。
そして僕は誰も見ていない事を意識して一人ガニ股で歩く。僕は夢の細部みたいに曖昧な男の子だ。

 「カワサキ☆上村モータース」には二人の学ランの男と、級友上川がいる。学ランの二人はGPz400F≠眺めている。二人とも黒の細いスクエアートゥーの革靴で、飾り革のあるつま先は「くるり」と上に向いている。靴紐の蝶々結び、はボンドで固められ、かかとは踏まれている。猫背、リーゼント、肩パッド、細いウエスト、ボンタンのラインの先、「くるり」と上を向いたつま先までのラインが流麗なGPz≠フボディーを思わせる。上川は店内の中央の回転台の上のKAWASAKI Z-1フロントカウル付き≠眺めている。そのカッパーオレンジとシルバーのカラーリングは僕の手によるものだ。エンブレムはKAWASAKI≠ゥらM・UEMURA≠ノ付け替えられている。「上村牧緒」である。少し恥ずかしい。「何で俺の名前なんか付けるか? アホかっ!!!」父親に怒鳴った思い出がある。     
僕は二人組みと上川を視線の脇にして奥の作業場に向かう。後ろで声がした。
「だっせー面つけてる」
 工場の窓ガラスから上川と学ラン二人の視線が合うのがうかがえた。斜め前に解体されたエンジンと父親がいる。ブラシで点火プラグを磨いている。
「牧緒、オモテの奴全部クラッチ握ってこいや」
「何で?」
「重さ量ってこい。重すぎるといけない」
 クラッチレバーはバイクの左のハンドルについているやつだ。ギアを変えるときにいちいち握らなきゃならない。これが重いとすぐ腱鞘炎になる。信号待ちの度に左手を握ったり放したりが億劫になってイライラする。
「今?」と僕が聞く。
「今」と父親が言う。
 僕のお父さんは小心なのに息子を荒海に放り投げたがる。
僕はため息をついて鞄を置いた。背筋を伸ばしてゆっくり三人の間を抜け、左端の奴から順番に左手でクラッチを握っていく。バイクは全部で十二台。彼らの前で、僕の息は浅い。カナリアみたいに敏感なんだ。GPz≠フ前の二人に右手を差し出し「ちょっと失礼」って感じでその二台をチェックする。右端までやり終えて、上川を背にしてZ-1≠フクラッチを握った。僕以外の三人はその間誰も動かなかったし口も開かなかった。
 僕はその
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