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カナリア三浪
カナリア三浪
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心が胸を叩いたらしい。今は国立大学の軽音サークルにいる。俺はハスキーな声を聴くと、どうしても声の幅が気になり、その幅の一番高いところに音程をとってしまうんだと言った。それは耳が高い音に特別反応しやすいのではないかと言うから、また優等生である。
「俺、精通に似ていると思ったんだよね」
「セイツウ?」
「白いのが出る奴だよ…。高校のとき、初めて友達とカラオケ行って、上手く音程が取れなくって、どんどんキーが高くなるんだ。それを聴いてみんな笑ってたけど、高くなるにつれて声がピンとハリを持ち始めてさ」そこまで言って、その過去に慢心がないか探った。「女性アーティストの高い声が出るのがうれしかったかな。それは、歌じゃなくて歓喜の声だったよね。出ちゃうよね、中身がね」
「何でサブローなんですか?」
「三浪したからだよ」俺は、君のいる大学に入りたかったんだよ。話そらすね。
「なぁ、いつの時代の歌が一番心にくる?」
 AORだと彼は即答した。俺はその時代のことあまり知らない。彼もあまり知らないと言う。体に馴染むメロディーが好きで、それをまねる時、自分じゃなくなる、ないしは誰かになったとき歌いたくなるらしい。
「歌って、旅だと思うんですよね。歌うほど思うんですけど、リアルに過去が過去になるんですよ。誰かとつながりたいと思って歌うんですけど、結局その後すべてが切れるような気がするんです。別人になってしまった後で、どうやって元の自分に戻れっていうのか、分らないんですよね。歌う度に新しい事を考えて、意味のあった過去が新しい今の目線で見ると違ったものに見えるんですよ。過去にあった事を分って欲しくて歌うのに、終わったらなんでもなくなる。過去って、自分を表すのに意味があると思うんですけど、歌うとズンズンそれが遠ざかって、なんともない風な顔で自分を見ているんですよ」
「歌で洗い流せるから歌うの?」
「無意識で怖いのかもしれないですけど、過去…」
 俺の『遠いさよなら』は経験の塊だ。この男は違うのか。俺は経験に強く惹きつけられ過ぎる。しかしながら、ある飽和点を超えたら、湯水のように心があふれ出すような気もしている。
「それって、過去より歌っている今の方が比重、大きいってこと?」
「いや、過去って人とのつながりであるものじゃないですか。歌うってそのつながりを変えるっていうか、正すっていうか―」
「それって、最終的にカリスマになるってこと?」
「カリスマ?」
「自分の歌で世界変えるのだろ?」

「兄貴、俺 潔癖症だからコンドーさん心配っスよ。オタマジャクシがコンドーさんの分子の間かきわけるんじゃないかって」
「そりゃ、すげぇパワーだな。何しろあのトロっとしたものから人間生まれる時代だからな」ついたての向こうで笑い声がはじけたから、店の空気がひどく若くなった。

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