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カナリア三浪
カナリア三浪
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から店長のお気に入りのシャンパンが2ダースほどなくなって、洗い物が客の記憶をなくする。坊主頭は、トイレを掃除しに行き、マネージャーは金の勘定を始める。店が閉まっても、そこにある空気は変わらない。俺たちは裏から出てきて、裏の空気を撒き散らしている。しかしながら客はそれに気づかず美味しい酒を飲んだのかな。天に舞い上がるような笑い声を、今夜も遠くから眺めた。それは何も今夜のことだけじゃなく、世界のありとあらゆるもの。心の外にあるものを心の内に映したら何せ自分の色になっちまうから。キーボードみたいに『I』を打ち込んだらそのまま伝わるなんてこと、人間には無いんだからさ。透明に見えるグラスだって、光を曲げて己を飾る。俺は客の打ち上げ花火を見ている。それを創作に織り込む。

 息子は田舎のヤリチンで 東京に行った
 娘は間違った男と寝て 誰かの因縁をかった

 息子は大きな街で涙を流している
 娘は大きな人が好きだと言った

 息子は自分より悲しい男を見つけた
 娘は考えることを止めてしまった

 私の人生はゆっくりと その歩みを遅くして
 薄闇が柔らかくまとわりついている

 今日の収穫である。耳を叩いた言葉たち、静けさの中で顕になる。
「今日はこれで失礼します」
「サブちゃん、歩いて帰るの?」
「人 待たせてます」
「女 いるじゃん」
「明日休みなの?」
 俺は、午前三時のマクドナルドに向かった。新しいボーカルに会いに行く。

 首の太い男だった。顔の大きさとそれのバランスが良い。
「『遠いさよなら』って神様への歌ですよね。あれ、好きなんです。歌わなくなった理由、聞きました。捧げたんですよね。自分のふがいなさとプライドを…神に届いて欲しい思いで。最後のライブその歌でしめたんですよね」
「午前三時に悪いね」と言って、俺は少し黙った。誰がそんなことを吹聴したのだろう? この男は肌がスベスベしていて柔らかく、表情筋もうまい具合に発達している。モテる。『その歌』は一回だけ寝た、極上の女にしたためたものだ。
「夢、あるか?」と話を向けた。
「精一杯ですね。今」
「今の状態?」
「精一杯です。夢を語る余裕なんてないです」
「ステージに立つことは、もう誰かの夢なんだけどな。こんな自分でもここまで来れるんだから、みんなも諦めるなよ! みたいな心ないの?」
「ないですよ、多分。僕の来た道は、どこまで行っても僕の色しかないですからね」
 しばらく黙っていた。「夢を見る事は、ハラワタをさらせって事だ」と、おっちゃんの言葉を借りてちょっと上に立ちたかったのだが、こいつは優等生だった。
 歌いはじめた理由を訊いた。合唱コンクールだそうだ。馴染まないハスキーな声が、自分一人だけ浮いているのを感じて、ひどく気落ちした後、むくむくと反発
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