暁 〜小説投稿サイト〜
カナリア三浪
カナリア三浪
[7/30]

[1] [9] 最後 最初 [2]次話
は、若者らしい正義心の産む澱みをたたえている。「ある奴は目標も無く穴を掘り続ける。そういうボクサーがいたよ。そいつなんて言ったと思う? 『早く自分になりたかったんですよね』そう言った。周りの皆は自分を飾る方に穴を掘ったのに、そいつは自分自身になるために穴を掘ったんだよ。お前どっちだ?」
「どっちでもないですね」若いバーテンは答えを持ち合わせていないようだった。夢はあったけど消えた方だろな。誰にも言わないナイーブな夢が、お花畑みたいに広がっていたのかも。
「そいつどうなったと思う? そいつは最終的に信頼を勝ち取ったんだよ。そいつの稼ぐ金にいちゃもんをつけるやつは誰もいなかったな。飾りたてるんじゃなく、削ったんだ」
「夢、あったんですか?」と俺は話を向ける。
「夢が終わった瞬間体が粟立ったよ」
「夢、見たんですね」
「ああ、見たよ。俺の言葉がこの脳内から漏れ出たとたん、千変万化して世の中を変えちまうような夢だ。それは固い夢だったからさ。心がうきうきするような夢は、傘に守られている子供のもんだから。俺の夢は大人の夢だから。そいつは俺の姿を随分変えちまった」ロックのウィスキーをなめたおっちゃんの顔が白んでいる。後ろを振り返って付け足した。「夢を見るって事は、ハラワタをさらせって事だ」ボックス席にはもうオーナーはいなかった。時計を見ると、もうじきクリスマスだった。

 女を抱けるようになってから、彼女たちのアラを柔らかく許せるようになっていた。それは真っ当な性欲が壁を突き破ったから。その向こうには寛容がある。
会計に向かう男の後を歩く女の背中から滲む経験の匂いが、何故か気になった。俺の寛容も単なる鎧かと思う。ふわりと童貞の心持がした。いや、このあいだ抱いたばっかりだ。体の髄から感じやすい『プルプル』がはみ出しているような感触。俺の縄跳びの訳がここにもやってくるか。
 自分を出せば出すほど、裏返って羞恥を誘う。恥じらいは、はじめ体を縮めるようにあり、その後大胆を要求して射精のような震えを起こし、最終的には俺の心を麻痺させる。それは新鮮な魂の息吹を駄目にしちまう。俺はまだ若いから、コツコツやれば新鮮な魂を集めることが出来る。そいつは恥じらいと上手く混じり合い、弾けるようなエナジーをあふれさせる。でもやはりそれは三杯目のビールみたいに味を失う。恥じらいと麻痺の追いかけっこである。
 『プルプル』は昔からあった。それを楽しんでいた。それはステージに立つときには『他人と違う感性』を、俺に与えてくれていた。全然苦じゃなかった。感じやすいことで俺は客と同じ目線に立ち、彼らの心を塞ぐ毛布を吹き飛ばすことが出来た。俺、偉い。でも、全然 偉ぶっていない。誇りだったのだ。それが、今 感じる『プルプル』は、何故か俺を殺してしまう。

 午前二時に店が閉まり、倉庫の中
[1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ