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カナリア三浪
カナリア三浪
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いる。その女は、一階のキャバクラ嬢らしい。店長が棒立ちの坊主頭に指を指す。彼は換えの灰皿を持って、奥のビップ席に行った。「カルーアミルク」と、女の声がした。坊主頭が注文を知らせにきた。その位は出来るんだな。灰皿には誰かの名刺が燃え残っていた。
「にいちゃん。酒作れるか?」オーナーが俺に注文した。
「水割りですか?」と問えば手招きをする。
 俺はカウンターの端っこにある戸口を、ものすごく狭く、カウンターをくぐるような戸口を出る。これはフロアで問題が起こった時、彼らがこちらに入ってこないようになっているらしい。
「濃い目に作ってくれ」
 一杯目を飲み終えたグラスに氷を足して、ウィスキーを注ぐ。グラス半分。そして水で割り、マドラーを差し込み指の間で回す。滴がたれないように、マドラーをグラスにそってゆっくり持ち上げる。出来上がった水割りのグラスの下の方を持って差し出す。無心である。
「出来るじゃないか」
「マティーニ」
「テキーラサンライズ」
 注文表を出す。後ろを振り返ると、テツさんが「いいよ」と言う。オーナーだから会計は無いのだ。裏に帰りまたグラスを磨きはじめる。
 同性からうとんじられるその引力は、社会の裏側をかじりながら歳を重ねることで、一層力を増す。この子らはまだはじけるように若いから、緊張感が無くしなだれかかっているが、数年もすればいっちょ前の女になるのだろう。そんな引力を持った女と遊びつくして、オーナーの顔は黒くなりつつある。ふと思う。この男に降っているのは幸運ではなく、不運の雨なのではないだろうか。俺が雨の中で創作するように、雨にうたれながら優しさを搾り出し、これらの女を惹き付けているのではないか。その雨は無意識の扉を叩き、理屈がたどり着くより早く唇から、指先から愛を奏でる。そう考えた後で「これは心の隙だ」と思い直した。あらゆる事を肯定すると魔が入る。この男の背後にある黒い力をぼんやり想像した。距離を取る。

「お前は世界を汚してるぞ!」
「秘密なんてもう無いからな!」
「アイドルとヤるぞー!」
団体さんが帰る。これは歌にならない。
「この洗い物 済んだら休憩入って」
 グラスを洗剤で洗い、湯に漬けて裏に引っ込んだ。グラスを湯に漬けると引き上げた後乾きが早い。今日のまかないはウニパスタだった。一階のキャバクラの厨房が二階のバーの厨房を兼務している。飯が美味い。彼らの腕は良いらしいが顔は見た事が無い。愛は味で伝わる。

 今年の冬は寒いので
 買ってきた電機カーペットの上で
 猫みたいに丸まってます
 太ももに手を挟むと
 少し太ったみたいです

 彼女からのメールだった。かわいい。ほくそ笑みながら、この寒い冬にウニがあるのが不思議に思う。冬でもウニが食べたいからって、客に尽くさなくてもいいのではないか
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