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カナリア三浪
カナリア三浪
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パーティーなの」女が言う。「パーティーッ!」
 俺は磨いたグラスをオレンジ色のライトにかざす。透明なグラスが光を曲げて美麗なシルエットを映し出す。理想だ。光を集めた体で美しい紋様の歌を奏でる。
「シャンパンはいかがですか?」とバーテンのテツさん。
「ウィスキーでいい」とおっちゃん。「兄ちゃんは酒、作れるようになったか」と俺に振る。
「水割りだけなら」と俺。若いバーテンの教育係、ちょっとひねている。この店に入りたての頃、シェイカーを振らせてもらった。見よう見まねでシェイカーを振ると、出てきたカクテルはみぞれみたいになってた。「何でかわかる?」と言われて、ぼんやり考えた。「わかるまで酒、教えないよ」その態度にはバーテンごとき、という劣等感と 先人のいささかのプライド。追い越されまいとするいじましさを感じる。俺、すぐ気づいた。シェイカーはきちんと上まで氷を入れなければ、シェイクしたとき氷が激しく打ち付けられ、砕けてかき氷みたいなカクテルになってしまうのだ。気づいたが言わなかった。ずっとグラスを洗っていよう。
「団体さん来るよ」店長が電話を切って言う。「十四人、ビップ」

店長 脳みそ パラボラアンテナ
どれだけ人を集められるでしょう
この店があなたの汚れを吸い取るまで
誰かが造った愛をあげましょう

 団体さんは若かった。その笑顔にスカしたところが見えなかったから、気心の知れた仲間なのだろう。「一人、一本!」とシャンパンを注文した。店長は喜ぶだろうな。
 笑い話はセックスみたいなもんだ。声を潜めてクライマックスの爆発まで我慢しなきゃならない。今夜の客は少しせっかちだ。
 客席からのお酒を求める声は、俺をすり抜けてゆき、若いバーテンと、ベテランのテツさんに届く。俺も責任を感じないわけではないから、グラス磨きに没頭しながらも心が動く。「いい、いい、気持ちいい!」と叫ぶ人々。幸福を感じ取る心の枝葉が発達している。その一方で、俺みたいな創造性を失っているか。流れたくない。馬鹿騒ぎしたくない。俺も失われてしまうから。脳天より撃ち出される悦楽の花火よ、神様に届いたら、そのため息で消し飛ばされるかも。自分の中にいつも畏怖があるのを感じる。同時に破廉恥なほど騒いでも失われない、太い幸運の光の柱が天までつながっていることを望む。
 時はざわめきの中で浪費され、神様は彼らに毛布をかける。次第に静まる。まどろむような深い声で、無意識から言葉を発する人々よ。本人の記憶に残らないそれは外野席に刻まれる。
「俺のいない間に何燃やしたの?」

 俺のいない間 あなた何燃やしたの?

 歌のフレーズになる。
女はもう帰ってしまった。店が静かな色気を醸し出しているのが好きなようだ。カウンターの前のボックス席にオーナーが腰を下ろしていた。両脇に女をはべらせて
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