カナリア三浪
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仁王立ちである。
警官はうなずいている。馬鹿だとわかったのだろう。
「あなたたちは、そそのかしたり、煽ったりしませんでしたか。何か勘違いを生むような事、言いませんでした?」
俺に聞くから、体が硬くなった。責任が自分に及びそうになると急におっちゃんに対しての同情が失せた。
「いえ、僕は裏でまかない食べてましたから」すまんね、おっちゃん。
店が早く閉まった。看板を引っ込めに行ったら、ぼた雪が降っている。二月の雪は春の知らせ。
「ハチケイって何のこと?」
「数字の『8』と、アルファベットの『K』じゃない」
「『K』って何よ?」
「キログラム…キロバイト…『千』の意味じゃないですか」
「8K。八千万?」
「でかいね」
「でかいね」
そんなことをスタッフのみんなで話していた。
「すいません。有線のチャンネル変えていいですか?」と訊いたら。「いいよ」と店長が言った。俺は裏に回り、チャンネルを変えて、リクエストの電話をした。
「四曲後にかかります。ありがとうございました」と、女の人が電話を切った。もう、彼らの曲が出ているのだ。
空気の晴れた店内で、俺はグラスを磨いた。立ち姿、目線の柔らかさ、指先の作法。どれも好ましい。磨き終わったグラスをライトにあてて思う。『バーテンで作詞家』悪くない。ウィスキーグラスにワイルドターキーを入れて味わう。
大人になったらわかると言われた
強い酒で唇を濡らして
人間のつくる社会の複雑で生きるには
この酒を受け入れるほどの
忍耐力が必要だと知る
感度のいい頭を持った人々が
病んでいったことにも納得がいくじゃないか
この酒を楽しむ心が
昼間の傷を癒してくれる
酒で消える痛みは多く
酒があぶりだすは自らの瑕疵よ
痛みは酒で循環している
強い酒が話している
君の中の雑味は
若いうちは魅力だが
近い将来醜い皺に変わるぜ
俺の二日酔いみたいにね
僕は上手いことを言う酒に
チョコレートを加えて
入水自殺の香りを知る
グラスを棚にしまうとき、隣のグラスにぶつかって『キィィン』と高い音で鳴った。
「いい声出すじゃない」と俺は言った。
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