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カナリア三浪
カナリア三浪
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れた店名は、ほとんどの人に浅く刻まれる。オーナーが好きな南米の街の名前だそうだ。『こだわり』見られないから心の奥に密やかに灯る火。遠くからではその匂いは分らない。この行灯はたまに見るなら温かい。オーナーのこだわりは客の傍らを通り過ぎてゆくかも。冷えた俺が、その冷えた行灯を灯す。

「ねぇ、サブちゃん。火ぃつけてよ」

 まだ汚れていない手で
 君と手をつないで
 この街を歩きたい♪

 俺は笑っている。ふいごみたいに、太い息を吐きながら。縄跳びをしているようだ。
「キレイごと歌うな」おっちゃんが言った。「汚い奴らはキレイごと言う。自分が汚れているからキレイな物に心奪われちまうの」そう言うおっちゃんの顔の上で醜さと美しさが戦っていた。最終的にはどちらが勝つのだろう。
 俺の顔には笑顔が残り、胸の奥には澱みが生み出す引力を感じる。とても綺麗な声で鳴き、そのあと訪れる羞恥心。いっとき空を飛んで、地に落ちる。縄跳びである。
 大学にいた時の、一番印象に残っている言葉がある。「世の中の幸福の量は決まっている」もし本当のことなら、俺が自分の声に喜びを感じている限り、客は喜びを感じられないのではないか。俺は自分の声に幾分惚れすぎている。この鳥の鳴くような声に優越感を拭えない。優越感はいつも俺を空に舞い上げる。まるで妄想で跳ぶハイジャンプのように心地よい。そして同時に羞恥心をあおった。寒くて可笑しい。震えながら笑う俺は醜い。何故笑えるのか俺は知らない。
「跳び上がれば、いつか堕ちなきゃならないだろう」
「打ち上げ花火に過ぎないんだよ」
「気をつけなきゃ足元をすくわれるぜ」まとわりつくいい訳のような言葉たち。俺はおっちゃんに話を振った。
「世の中の幸福の量は決まっているらしいですよ」
「じゃぁ、幸福の量は増えたと思うよ」おっちゃんは言う。「俺が生きてる限りな」
「それ、どういう意味ですか?」
「俺がたっぷり不幸を吸い込んだからさ」
 グラスを磨きながら女に目をくれると、連れの男と戯れている。
「カナリアって呼ばれてたんだよね?」
 うれしそうに言う彼女はライブハウス通いが好きな女で、そこで俺のことを知った。今日の彼女はドレッシーな格好で谷間があらわである。隣の男は頭の形を露にした短髪。血色の良い手で、何故か女の腰に手を回している。彼の理性は鋼みたいに硬いのかも知れない。強い欲には強い理性が必要だ。男として負けたくないから、いくつもの魂が入れ替わり立ち代り胸を突き破らんとしてドギマギした。俺は眉間から記憶をふわっと出して、体にまとわりつかせる。それによって守られた事あまた。そして「こんな男はイケスカねぇ」と思い直し地上に落ちる。また縄跳びである。記憶。いい女を抱いた記憶である。そこには神様の木の実を戴いたおっぱいがあった。
「これから
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