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カナリア三浪
カナリア三浪
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ればなんと言うこともないミーティング。しかし、そこには血が通う。人の顔があり、湿り気を持った声があり、若干の金の匂いがする。そこにあるのものが間違いでも、肉体の持つ迫力は、それを否定するものを押し黙らせる。俺が歌を歌い始めて気づいたことだ。年末、実家に帰ると言ったアイちゃん。風俗嬢である。
「シャンパン、倉庫に山積み」テツさんがニコニコしている。「開店準備」その声で、皆 掃除を始める。
「花瓶、磨いて」とダスターを放られた。それは俺の手元でひらりと開き、左手の指で摘み取られる。俺、才能ある。何の? 知らん。坊主頭のウドの大木が掃除機をかけている。この男、開店から閉店までフロアに棒立ちである。格闘技を志していたとか。ひどく頭をやられたてそうなった、ないしはもともと鈍い頭に誰かが毒を盛るようにそれを勧めたのか。この男の鈍さなら『羊のアレは人間より気持ちいいらしいぜ』を真に受けそうだ。
 花屋が来た。盛りに盛った花を抱えた、これは感じやすい男だ。細い顎と繊細な眉がそれを物語っている。花の美しさ、俺 知らない。この世の中で花の本当の美しさを知るものがどれだけいるか。浅い感性で、知識を振りまく連中はこの世界の空を低くする。俺は小説を読まない。どうしても彼らは天井を設けてしまう。歌うたいもそうだが、誰が一番高い天井を張るか競っているみたいでさ。息苦しいじゃないか、人の造った空なんて。『美しさ』それを知るのはラッキーだ。複雑な迷路をたどって意識の芯に差し込もうとするその光は、たいてい人間の心の闇に絡め取られて消えてしまう。花屋は俺が磨いた花瓶から、軽くしずくを拭いて帰っていった。俺が『美しさ』について考えていることも知らずに。
カウンターのスツールを磨く。端から一つ一つ。三つ目で想いを入れる。おっちゃんの席だ。「端っこに座ったら、霊感の強い人間だと思われちまうじゃないか。でも、真ん中に座ったらふてぶてしいだろ? 端っこに座りたい女の子来たらどうする? 隣の席に座るか? 一個空けてお互いの領海を侵さないようにするのよ」それでおっちゃんは端から三つ目のスツールにこだわる。この店の常連。たまに深い話をする。
 カウンターの傷跡、あまた。残念と思う。これじゃ魔法にかからないだろう。美しい酒と美しい空気。それを突き詰めなきゃエンターテイメントではないではないか。そう思うのは俺がまだ若いからか。店長はこの傷を微笑ましく思うかもしれない。仲のいい夫婦みたいだろうな、この店と店長。
 店の裏で氷を割る。アイスピックの尻で叩き割って砕く。バケツに入ったそれを手洗いに持ってゆき、男子の便器に盛る。におい対策ね。教えてもらった時うれしかった。行き届く喜び。それがなきゃね。脳裏に陰毛の整えられた女が浮かんだ。あれは良かった。
 午後五時、温かい色の行灯を出す。オレンジ色のそれに刻ま
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