第一章
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第一章
ランナーとの戦い
江夏豊はただの剛速球投手でも変化球投手でもなかった。
阪神時代はその恐ろしいまでの、唸り声をあげる剛速球で知られた。その左腕から繰り出される剛速球の前に誰もがバットを振ってしまった。
ストッパーになってからはスラーブに、スライダーとカーブの中間のその独特の変化球を中心にしてシュートやフォークを織り交ぜる変化球投手になっていた。しかしである。
彼が我が国の野球史に名を残す投手になったのは。その腕だけによるものではない。
頭脳だ。彼は抜群の頭のよさも併せ持っていたのだ。
「江夏は頭がいい」
知将と言われた広岡達郎の言葉だ。
「球場全体を見て相手バッターを細かく観察する。そのうえで対処する」
それでだ。バントによって彼を奇襲しようとした八十二年のプレーオフにおいてもだった。
選手達にだ。こう言っていた。
「江夏に絶対に気付かれるな」
このことを念押ししたのだ。
「気付かれれば頭のいい江夏のことだ。絶対にファーストとサードを前に出してくる」
そうして己の守備を補わせるというのだ。
これは彼が当時率いていた西武にとって非常に困難な仕事であった。江夏の勘の良さも実によく知られていたのだ。そうした意味でも彼は傑出した投手であった。
結果としてこの江夏の肥満体故の守備の弱点を衝いた奇襲は成功した。しかし広岡を以てしてもこう言わしめた江夏の頭脳はまさに折り紙付きであった。
その江夏にまつわる話の一つである。こんなことがあった。
七十九年の日本シリーズである。この時江夏は広島にいて相手は近鉄だった。
「はじめてのシリーズがはじめての相手か」
江夏はまずこう考えただろうか。
「わしが広島におらんかったら勝って欲しい相手やな」
「そやな、それはわしも思うで」
その言葉に頷いたのは村山実だった。阪神の大投手だ。それと共に江夏の尊敬する人物だ。今二人は共にいて飲みながら話をしているのだ。
「近鉄もな。苦労してきたからな」
「そうですな。西本さんも」
「六回優勝しても」
村山の言葉に感慨がこもる。
「そやけど一回もや」
「日本一にはなってませんからな」
「そんな西本さんの率いるチームや」
村山も江夏もだ。飲みながらその言葉に感慨をこめていく。近鉄の監督西本幸雄はこれまで大毎、阪急を率いて六回優勝してきた。しかし一度も日本一になっていないのだ。
「ここは絶対にやな」
「優勝せなあきませんな」
「けれどあれやな」
村山はその江夏を見て話した。
「御前がその相手やからな」
「それやったら勝つしかありませんわ」
江夏のその目に強いものが宿った。
「それが勝負やさかい」
「正面から向かえや」
村山は
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