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を見渡すでも無く、ただ真っ直ぐに―「彼女」だけを見据えて溶いた飴の中を進むような速さで前へ歩んで手を伸ばし、その存在を引き入れようとする。
 そして、それに反応するように「彼女」も静かに目蓋を開き、アメジストのような薄紫色の瞳が現れる。そして少女もまた少年に手を伸ばしながら一歩一歩、この世の理を無視したかのような緩やかな速度で歩んでいく。彼が一歩進むたびに世界がフラッシュバックのように描写されていく。

―大勢の少年達に髪を引っ張られ、泣き叫ぶ「彼」
―雨が降りしきる中、墓石の前で声を殺して泣いている「彼」
―灰色のヘッドギアのような物を手に、ベッドで黄昏(たそがれ)る「彼」

 それに応えるかのように、少女が歩むたびに同じように様々な世界が飛び込んでくる。

―焼け野原で目に涙を浮かべながら叫ぶ「彼女」
―蛇の鱗のような模様が浮き出る漆黒の衣を身に纏い、銃弾の雨の中を駆け抜ける「彼女」
―小売店で働きながら、客に何度も頭を下げ、消沈している「彼女」

 これは、彼らが歩んで来た・・・または歩んでいくであろう世界だ。私はそう確信した。だからだろうか、その異なる存在同士が交わる事を何の躊躇も無しに許可した。そういった制約を知ってか知らずか、二人は互いの手が届く距離に来ると、手を当てて静止した。その表情には何の感情も見てとれない。どちらがという訳では無い。ほぼ同時に手を絡め、その繋がりをより確固たるものとする。刹那、私の身体に鋭い感覚が稲妻のように駆け巡り、まず何処までも澄み切った青空が、次に緑が生い茂る大地―草原が足元に生成される。我ながら驚いた事に私もまた人型だったのだ。そして山々や雲といった詳細が描写されていく。そこで初めて無機質だった空気の動きが「風」となり、二人の髪を緩やかになびかせた。
 少年は少女に。少女は少年に。心底穏やかな笑みを浮かべ、静かに見つめ合っていた。
無数の光の粒子が彼等を包み込むように草原から湧き出してくる。それらは宙に舞い上がり、空に吸い込まれるように霧散していった。私も彼等と同じように口の端を僅かに上げ、こう祈った。

(彼らがその世界で強くありますように)
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