抉られる
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昨日は和谷から何度も電話があった。それでも私が出たのは一回だけだった。本当は一回も出たくなかったけれど、ヒカルのことは伝えておきたいと思ったからだ。開口一番、この前塔矢さんが言っていたのと同じことを言われて、「やっぱりか」と思った。和谷からの追及に耳を塞ぎたかった。和谷には「俺たちに本当の実力を隠していたのか」「囲碁歴は嘘だったのか」「かつて塔矢先生と対局したのは佐為だったのか」など次々と聞かれた。何故私がsaiの棋力を手に入れたのかは全く見当もつかない。分からないことを聞かれても何を答えればいいのか分からない。私は全ての質問に黙秘した。和谷はそんな私を責めた。しかし、どうすれば説明できるのか。目覚めたらsaiになっていましたなんて、そんな夢みたいな話誰が信じるだろう。こんな会話を続ける気はなかったから、私はヒカルのことを話し始めた。
「和谷、ヒカルが入院しているんです」
突然の話に和谷は「は?」と不意を突かれた声を出した。しばらく何も発さず、理解できていないようだったので、私はもう一度はっきりした声で和谷に言った。
「ヒカルが、頭を打って、入院しているんです」
「え・・・?頭打って、入院?何で。大丈夫なのか」
「大丈夫じゃ、ありません。頭を打った衝撃で記憶を失くしてしまいました」
和谷は絶句した。
昨日、ヒカルのお母さんが本当に私のことが分からないのかヒカルにもう一度尋ねた。ヒカルの答えは予想通りだった。もう涙は出なかったが、次々と起こる不可解なことに頭がついていかなかった。ヒカルは精神科の先生から診察を受け、記憶喪失だと診断された。
「8月くらいからですね」
先生が言った言葉に、どくんと胸が鳴る。8月といえば、私とヒカルが出会った時だった。ということは、ヒカルは私のことを全く憶えていない。胸が抉られる思いだった。
「先生。ヒカル、治りますよね」
混乱したヒカルの両親が先生に詰め寄った。先生は難しい顔で考えて、「治るでしょう。が、それには時間が必要です。数日で記憶を取り戻すかもしれないし、半年くらいかかるかもしれません」と答えた。私は愕然とした。ヒカルを見ると、何が何だか全く分かっていないようだった。
「なに、俺、どこか悪いの」
ヒカルはお母さんのほうに振り返って、きょとんとした顔で聞いた。
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