第三章:蒼天は黄巾を平らげること その6
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いて大きく息を吐く。ぶるぶると小鹿の如く震えて、彼の心の揺れがバレたのは言うまでも無かった。
錘琳は傍の篝火にも負けぬ晴れやかな笑みを湛え、ばしりとーーー思わず呻いてしまうくらいに強くーーー仁ノ助の背中を叩いた。
「ほら。年下の女性がこんなに気を遣っているんだから、何時までもうじうじしないで、しゃきっとしなさい!
答えなんて、問題を認識した時にはもう出ているものよ。あとはそれを実行するだけ。なんとかしようと頑張っていれば、結果は自ずとついてくる。あ、これ私じゃなくて、父上の台詞なんだけどね」
「そんなんじゃ、華琳様と一緒に時代を走れないわよ」と付け加えて、彼女は膝を抱えて、その間に口を埋める。これ以上は話す事は無い。後は自分で答えを出せという意味だろう。ちらりと仁ノ助を見遣るのは、心配してくれての事である。
だがそれはもう不要といってもいいだろう。会話の中、視線は合わさずともだんだんと仁ノ助の表情に明るみが戻ってきていた。瞳にも生気が帰還して、皓皓とした星々を見詰めている。決意の光が宿っていた。
本心が彼の胸中を占有していた。自分なりに思う所を、叫びたい所を抑え込んでずっと語り掛けてくれる彼女の健気さに応えていきたい。何時までも落ち込んだままでは本当に取り返しがつかなくなるし、何よりこの程度の問題・・・女性にとってはそれだけで済ましていいものでは無いだろうが、しかしこれに何時までも躓いてはいられないのだ。彼女の最後の言葉が『新しい世界』にかける己の思いをじりりと焦がした。そうだ。どんなに情けない切欠であろうと、己を貫徹させるチャンスを見逃すだなんてやってはいけないのだ。辰野仁ノ助は男であり、曹操の自慢すべき武将であるゆえに。
仁ノ助は己の両頬を思い切り、バシリと叩いた。びくりとした錘琳は、彼の迷いの無い瞳を見て安堵を覚える。
「気分は晴れた?」
「・・・まだ、超曇天だよ。けどすぐに晴れる。今はそう思える。・・・今日はすまない、詩花」
「すまないじゃなくて、有難うでしょ?気が向いたら、一緒に飲みましょう。一緒にいる時間が少なくなっても、私とあなたの仲だからね」
「それってどういう意味さ?」
「自分で考えなさい、鈍ちん」
こつんと彼の側頭部を叩き、錘琳は軽い歩調でその場から去っていく。万感の感謝を込めて仁ノ助は彼女を見送る。
はらはらと揺れる短い赤髪の後ろ姿に、仁ノ助は彼にとっての天使を映していた。全ての罪を詰り、許す、最高の人だ。
ーーー明朝、広宗にてーーー
その時は来た。朝の赤が天に伸びていくより前に、勝利の美酒と夜更けの油断を突くように、雲霞の如き人波が襲い掛からんとしていた。
初めに気付いたのは城壁に昇っていた兵達だ。警邏の任とはいえ最近の連戦連勝で心は伸び
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