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ついでに引退
第五章
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「引退しますわ」
「そうするんか」
「はい、今まで有り難うございます」
 上田に頭を下げての言葉だった。
「そういうことで」
「わかった、そやったらな」
 上田も認めた、そしてだった。
 福本は引退した、その時の顔は実にさばさばとしたものだった。
 あまりにもさばさばしたものでだ、親しい者達は驚きを隠せず彼に問うた。
「名残り惜しいとかないですか?」
「引退されて」
「あるで」
 それはあるというのだ、福本自身にしても。
 だがそれでもだ、彼は明るい顔でこう言うのだ。
「けどこういうものんやろ」
「こういうものですか」
「引退も」
「確かにまだやれたと思うけどな」
 それでもだというのだ。
「もう塁に出ても盗塁のサインがあまり出んようになってたしな」
「ですね、千盗塁からは」
「どうしても」
 千盗塁を達成したのが八十四年、引退したのが八十七年だ。その間彼の盗塁は六十程であったのだ。その数は。
「わしのええ頃は一年位で出来てた数や」
「それが三年以上で、ですからね」
「本当に減りましたね」
「大ちゃんは一年でやるわ」
 大石、彼から盗塁王の座を獲った彼ならというのだ。
「それ考えたらな」
「もう衰えてですか」
「もう」
「そや、もう潮時やろ」
 だからだ、今明るい顔だというのだ。
「これでええわ」
「そうですか、それじゃあ」
「今からは」
「選手やなくてファン、運がよかったらコーチか解説者で野球観よか」
 こう言うのだった。
「それと親父に挨拶しに行くわ」
「ああ、ご父堂にですか」
「ご挨拶をですね」
 福本の実家はラーメン屋だった、この辺り王貞治と一脈通じる。尚二人共左投げ左打ちであることも一致している。
「そうされるんですね」
「それとや」
 明るい顔のままで言う福本だった。
「西本さんにもな」
「ああ、西本さん阪急の監督でしたしね」
「福本さんもお世話になってましたしね」
「わしがここまでなれたのは西本さんのお陰や」
 彼に塁に出たら刺されてもいいから走れと言ったのは西本幸雄、当時阪急ブレーブスの監督で後に近鉄バファローズの監督にもなる彼だったのだ。その西本のことも忘れていないのだ。
「そやからな、西本さんのお家にケーキ持って行ってや」
「そうそう、西本さん甘いものがお好きですよね」
「ノムさんと同じで」
 西本は酒を飲めなかった、それは野村克也もだ。二人共その外見から想像出来ないが酒は全く駄目で甘いものが好きなのだ。
 それで福本もだ、西本のところに行く時になのだ。
「美味しいお店知ってるさかいな」
「それで西本さんにですか」
「お礼をですね」
「ああ、行って来るわ」
 こう言ってそしてだった、福本は飄々とした感じでまずはケーキ屋に赴
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